クルマの楽しさでバリアを吹き飛ばす。下肢障害者のためのドライビングスクールをHDRSが開催!

■主催するのは元WGPライダーの青木拓磨選手!

5月17日、千葉県の袖ヶ浦フォレストレースウェイでハンドドライブレーシングスクール(以下 HDRS)が開催されました。HDRSは主に下肢障害の人が、運転をすべて手で行うためのハンドドライブ装置を取り付けたクルマでサーキット走行を楽しむための講習会です。

HDSRドライビングスクール
スクールに参加された皆さん。前列中央が主催者の青木拓磨選手、後列右から二人目がレーシングドライバー山田遼選手。

主催は一般社団法人国際スポーツアビリティ協会。かつてWGP(現在のMotoGP)で戦いながらも1998年にテスト中の事故で車椅子生活となった青木拓磨選手が創設した協会で、障がいの種類に限らず様々な障害者スポーツの普及やバリアフリーの推進事業を行なっています。

HDRSも、その活動の一環で、事故後4輪への転向を果たし海外でのクロスカントリーラリーやレースに果敢にチャレンジしてきた青木選手とレーシングドライバーの山田遼選手が参加者の指導にあたります。

HDRSドライビングスクール
レンタル車両はかつてマーチカップで使われていたマシンにハンドドライブ装置を装着したもの。
HDRSドライビングスクール
講師を務める青木拓磨選手(左)と山田遼選手(右)。

参加者は使い慣れたハンドドライブ装置が装着されている自分のクルマで走行する人も多いのですが、協会が用意したレンタル車両で参加している人もいます。

このHDRSはクルマがなくても、サーキット走行未経験の人でも、気軽に参加できるのが大きな特徴です。

講習はサーキットの基本的なルールや走り方を学んだ後、パイロンスラロームとフルブレーキングからスタートします。

HDRSドライビングスクール
青木拓磨選手による座学からスタート。
HDRSドライビングスクール
山田選手によるコース解説。マナーから走り方までをここで確認します。

実技はパイロンスラローム+フルブレーキング。この2つの動作を1セットとして、1回走るたびに2人のコーチからアドバイスを受け再びトライ。この練習を繰り返します。

アクセルコントロールとステアリング操作を手だけで行うのは一見難しそうですが、みなさん上手にこなして行きます。フルブレーキングは華奢で一見腕力が強そうには見えない人でも、しっかり止まれていました。

HDRSドライビングスクール
実技はパイロンスラローム+フルブレーキング。

ただしスラロームなどのように操作の手数が多い場合、ハンドドライブ装置の種類によってはスラローム向きなものとそうでないものがあるようです。走行時に両手でしっかりとステアリングを握っているほうが好みの人と、ある程度片手で操作することが多くなっても気にしない人などさまざまで、各々が好みでハンドドライブ装置を選んでいます。

HDRSドライビングスクール
1走行ごとにアドバイスを受けながらの練習。
HDRSドライビングスクール
フルブレーキング。

HDRSでは、そんな装置についての情報交換をはじめ、似たような境遇に置かれたクルマ好き同士だからこそ必要なカーライフについて情報交換をしています。同じメーカーや車種のオーナーが集まるオーナーズミーティングのような感じといえば伝わるでしょうか。

HDRSドライビングスクール
自由にならない自分の足を固定する方法も人それぞれで、この写真の車では床に足先を固定するベルトが備えられていました。
HDRSドライビングスクール
ハンドドライブ装置を装着したスズキスイフト。ステアリング裏のリングでアクセルコントロール、右に突き出たレバーでブレーキを操作します。

このようなドライビングレッスンで、走る、曲がる、止まる、というクルマの基本動作をしっかりと制御できる技術を学ぶことや、共通の趣味を持つもの同士のコミュニケーションの場を持つことは、障がいの有無に限らずとても大切なものです。

続いては、いよいよコースでの走行です。最初はペースを抑えた先導走行でコースに慣れることから始めます。その後徐々に自分のペースで走ります。走行時間は十分にあるので、ハイペースで走行するベテランも、サーキットの感触を確かめるペースで走行する初心者も、みんな楽しそうです。

HDRSドライビングスクール
先導走行が終われば各々のペースでスポーツ走行がはじまります。
HDRSドライビングスクール
はじめはホンダN-ONEの先導によりコースを周回します。

青木拓磨選手は「多くのスポーツの場合、体を主に使って行います。ところがモータースポーツの場合、他のスポーツと比べて身体とマシンの共同作業的なところも多く、ハンドドライブ装置などによるマシンの操作系がしっかりしていれば障がい者と健常者の差が出にくいという特徴があるんです」と語ります。

青木選手自身がこれまで出場してきたラリーやサーキットレースも、特別な障がい者向けのものではなく一般的なモータースポーツ競技です。

HDRSドライビングスクール
2014年のGT ASIA(セパン)にてハンドドライブ装置を装着したランボルギーニガヤルドで見事優勝を飾った青木選手。

戦前からヨーロッパでは障がい者スポーツは存在していましたが、今年の夏東京で開催予定のパラリンピックは戦後に生まれたものだそうです。その理念には「多様性を認め、工夫をすれば誰もが同じスタートラインに立てることに気づかせる力」が必要だとあります。

実はモータースポーツはこの理念にピッタリです。ハンドドライブ装置の進化はもちろん、高度に電子化されたこれからのクルマは、障がい者と健常者をまったく同じスタートラインに立たせてくれる可能性を秘めています。

「バリアフリー」とか「ユニバーサルデザイン」という言葉は今や特別な言葉ではなくなりましたが、参加者に話を伺うと日常生活においてはまだまだ不便な事は多く、嫌な思いをして外出の機会が減ってしまう人も実は少なくないそうです。モータースポーツはそんな現状を打開する一つの手段にもなるでしょう。

HDRSドライビングスクール
脳性まひで生まれつき足に障がいをもつ石牧さんは今回見学のみ。どこへでもクルマで出かける彼にとって、スバルのアイサイトは非常に強い味方だそうです。

思い起こすと十数年前、青木選手が初めて海外のクロスカントリーラリーに出場した時も、車椅子のドライバーゆえにちょっとした偏見もあったと聞きます。しかし他のドライバーに決して劣らない走りを見せた競技後には、他のドライバーからライバルとして、そして仲間として認められました。

障害を持った人がサーキットを走ることが特別なことではなく、みんなと同じような「クルマ好き」としてサーキットを一緒に走ったり競ったりする。そんな環境を実現する最初の一歩が「ハンドドライブレーシングスクール(HDRS)」なのでしょう。

そんな話を青木選手にすれば「えー、そんな大げさな話じゃないですよ。目の悪い人はメガネを使って本を読んだり日常生活を送ったりしますよね。同じように僕たちは足が悪いから車椅子使ってるんです。ただそれだけのことですよー」って笑われそうですが、まさに目指してるのはソコ。

クルマの楽しみを通じて、社会インフラや人の心に残るバリアを吹き飛ばす可能性を感じるHDRSの今後の活動が楽しみです。

(文/写真:高橋 学)