【忘れがたき銘車たち】ル・マンの“王様“ポルシェ。さらなる黄金期の始まり、ポルシェ956

 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツweb。両者がコラボしてお届けするweb版『Racing on』がスタートしました。
 web版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。第6回のテーマはグループCカー規定のスタンダードにして、最強マシンの1台となったポルシェ956です。

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 2020年は、1970年にポルシェが917Kで初めてル・マン24時間レースの総合優勝を手にしてから、50年という節目の年だった。

 これを皮切りにポルシェは19回もル・マンのウイナーとなっている。そんな数々の勝利のなかでも一際輝いていた時代のひとつが、グループCカー時代だったと言えるだろう。その黄金期は、このポルシェ956からスタートした。

 1982年から始まったそれまでとは違うまったく新しいスポーツプロトタイプカー規定だったグループC。この規定に対して、ポルシェがいち早く対応して開発したのがレーシングカーの956だった。

 956は先代モデルとも言えるグループ6カーの936から大きく刷新。ポルシェの伝統だったスペースフレームを捨て、メインシャシーに新たにアルミモノコックを採用。さらにボディは車体下面前端、後端の形状によって、グラウンドエフェクトカーとしていた。

 エンジンは935/76型という936の1981年車から引き継いだ2.65リッター水平対向6気筒ツインターボを搭載。トランスミッションは耐久における信頼性、ドライバーの扱いやすさも考慮して、ドグではなくシンクロメッシュ式の5速にするなど、速さだけではない性能も抜かりなく突き詰められていた。

 こうして、1982年の世界選手権第2戦からデビューを果たした956は、ドライバーズ&マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得。ル・マン24時間レースでも1-2-3フィニッシュを果たすという満点の成績でデビューイヤーを終えた。

 1年の熟成期間を経て、1983年から956は市販化。プライベーターであるヨースト・レーシングの勝利も合わせると1985年までに956は、ル・マン4連覇という偉業を成し遂げた。

 956がすでに4度目のル・マン制覇を果たした1985年には、すでに新型である962Cが登場していたのだが、その962CでもまだまだグループCカーにおけるポルシェの黄金期は続いていくのだった。

1982年に富士スピードウェイで初開催されたWEC JAPANにもワークスの956が参戦。イクス/ヨッヘン・マス組が勝利を手にしている。初年度の世界選手権は956とグループ6マシンのランチアLC1による争いだった。
1982年に富士スピードウェイで初開催されたWEC JAPANにもワークスの956が参戦。イクス/ヨッヘン・マス組が勝利を手にしている。初年度の世界選手権は956とグループ6マシンのランチアLC1による争いだった。
1984、1985年にはプライベーターであるヨースト・レーシングも956でル・マンを制覇(写真は1985年)。ヨーストが独自にモディファイを施した956B仕様での勝利だった。
1984、1985年にはプライベーターであるヨースト・レーシングも956でル・マンを制覇(写真は1985年)。ヨーストが独自にモディファイを施した956B仕様での勝利だった。
956はカスタマーにデリバリーされるようになった1983年から全日本選手権にも参戦。トラストやADVANカラーに彩られたノバ・エンジニアリングの車両などが参戦した(写真は1984年のADVAN ALPHA 956)。
956はカスタマーにデリバリーされるようになった1983年から全日本選手権にも参戦。トラストやADVANカラーに彩られたノバ・エンジニアリングの車両などが参戦した(写真は1984年のADVAN ALPHA 956)。