ロールス・ロイス ファントム、最上級に君臨するスピリットとパフォーマンスを清水和夫と大谷達也が語る 【Playback GENROQ 2018】

ロールス・ロイス ファントム、最上級に君臨するスピリットとパフォーマンスを清水和夫と大谷達也が語る 【Playback GENROQ 2018】

ROLLS-ROYCE PHANTOM

ロールス・ロイス ファントム

東京に舞い降りた幻影

14年ぶりとなるフルモデルチェンジを受けたファントム。新開発のアルミスペースフレーム・ボディ、ファントム史上初のターボエンジンとなる6.75リッターV12。多くの話題はあるが、もはやそんなことは超越した存在だ。8代目ファントムの夜の顔と昼の顔をレポートする。

ロールス・ロイス ファントムの走行シーン

清水和夫「英国車って、どこか冷めているんだ。そう徳大寺先生は言ったが・・・」

夜の都心を走らせて、あるいは編集者が運転するファントムの後席に座ってみて感じるのは、これこそ誰もが認める世界最高の高級車だろうということだ。大人のゆりかごのような乗り心地にうっとりしつつ、正直、ファントムという高級車の原稿を書くにあたってなにを切り口に書くべきか迷っていた。

英国王室と密接な関係にある日本皇室は戦後、天皇陛下が乗るクルマはロールス・ロイスだった。その後、初代和製ロイヤルカーを開発したのがプリンス自動車だった。その開発者だった故千野 甫さんにインタビューしたことがある。千野さんは昭和30年に宮内庁からの依頼を受けて、天皇陛下が乗るロイヤルカーをプリンス自動車で設計した。初めはどんなクルマを造っていいか分からず、宮内庁の車馬課に行って、御料車として使わていたロールス・ロイスをノギスとスケールで逐一測ったという。ロッドの大きさ、アームの太さ、底板の厚さ、シャシー、フレームの形状を記録した。その結果誕生したのが初代プリンス・ロイヤルだったのだ。プリンスが開発した初代御料車はロールス・ロイスからコピーしたクルマだったのだ。

ロールス・ロイス ファントムのインテリア

「クルマ造りはその国の国力に依存している」

そうやってロールス・ロイスのことを考えた時に思い出したのが、故徳大寺有恒先生の言葉だった──。「爺になるとイギリス車が心地よくなるんだ。シミちゃんもいずれ分かる時が来るさ」。その理由はなんですか? と問う。「英国車ってね、どこか冷めているんだ。ドイツは必死に最高の機械としてクルマを造ろうとしているけど、英国は所詮クルマなんて“こんなもの”と割り切るところがある」なるほど。そこに余裕を感じるということですね──。

クルマ造りが、その国の工業や産業基盤そのものに依存しているということは見落としがちな視点だ。自動車だけでなく、航空機や宇宙事業、軍事産業など高度な工業技術が必要と思われる分野にはことごとく該当する事実である。もちろん、これはロールス・ロイスを論じる時にも重要なことだ。

クルマでいえば、鋼板を供給する製鉄産業、多様な種類のゴムや樹脂を供給する化学産業、工作機械、アルミ鋳造産業、電子/電気産業、ガラスなどの基盤産業が存在しなければ、どんなに優れた設計者がいたとしても、自動車メーカーは優れたクルマを造れない。

ロールス・ロイス ファントムのリヤシート

「ロールス・ロイスには在りし日の強大な英国が偲ばれる」

イギリスは戦前からさまざまな分野で技術的アドバンテージを持っていた。航空機におけるロールス・ロイス・マーリン倒立V型12気筒エンジンは第二次世界大戦における最高傑作エンジンであったし、スピットファイアは伝説的戦闘機となった。電子技術やジェットエンジンなどの先進的な技術を多く持っていた。しかし、その技術は国内分散型であり、一極集中することはなかった。実際イギリスでは第二次世界大戦直前でも技術が分散していた。だがドイツとの戦争が今まさに始まらんと、国家的な危機に直面したと感じるや誰も予想できないほどの底力が発揮されたのだ。信じられないほど短期間にあのスピットファイアとマーリンエンジンを量産できたことは、イギリスの潜在能力の高さを物語っていると言えるだろう。

かつて1925年には地上の4分の1の人類を支配していたイギリス。クルマの基本原理に関わる多くの技術はイギリスに存在していたし、トップレベルの技術を持っていたが、戦後は量産化、低価格化に関する技術の面で遅れてしまった。これがイギリスの自動車産業が衰退した大きな要素だったかもしれない。

ロールス・ロイス ファントムの走行シーン

「20世紀初頭の全盛期をイギリスは取り戻すかもしれないと思わされた」

だがイギリス自動車界がもっとも輝いていたのは戦後間もなくの1950〜60年代ではなかろうか。この頃、イギリスには大小おびただしい数の自動車メーカーが存在し、それ以上に部品メーカーが多く、イギリス自動車産業のすそ野の広さは圧倒的であった。しかし古い設備は更新されず、工業生産の面で停滞し、70年代には自動車工業さえ競争力を失ってしまった。

それは1930年代からベントレーを傘下に持っていたロールス・ロイスも例外ではなかった。98年にドイツメーカーに買収されたことは記憶に新しい。結果はBMWがロールス・ロイスのブランドを手に入れ、フォルクスワーゲンがベントレーブランドを手に入れた。どんなに優れた技術を持っていても、事業として成功しないと存続できないことを証明した。

しかし、こうして8代目となるファントムに乗ってみて、20世紀初頭の全盛期をイギリスは取り戻すかもしれないという気持ちが芽生えてきた。だが、徳大寺先生が仰っていた「クルマって所詮はこんなもの」という割り切りを理解するには、私ももう少し年を重ねないといけないかもしれない。

ロールス・ロイス ファントムの走行シーン

大谷達也「地上を移動する交通手段でもっともぜいたくな空間だ」

新しいファントムを見て「変わり映えしないなあ」と思われたなら、それは6〜7年でモデルチェンジするありきたりなクルマと同じ感覚でロールス・ロイスを捉えているからだろう。デザインの美しさは、本来、製品のライフサイクルを勘案して評価されるべきものだ。1925年に初代が登場したファントムは、これが数えて8世代目。その時代的スパンは、世の自動車とはまったく異なる。この前提を無視してファントムのデザインを語るのは、現代的なオフィスビルと法隆寺のような歴史的建造物を同列に論じるのと同じくらい無為なことだ。

すべてのラインに無理がなく、絶妙のバランス感覚でタイムレスな美しさが表現されたファントムVIIIのデザインは、92年に及ぶその歴史のなかでも傑出した存在で、後生に語り継がれる名作となるだろう。しかし、芸術的なまでに美しいボディの内側には驚くほど多くの最新テクノロジーが隠されている。

ロールス・ロイス ファントムの走行シーン

「全長6mに迫るエクステンデッドホイールベースでさえ極めて扱いやすい」

ゼロから開発されたアルミスペースフレーム・ボディはファントムVIIより30%高剛性なうえに軽量化も達成。今後登場するロールス・ロイスは、間もなく発表されるカリナンを含め、すべてこのアーキテクチャーを採用するという。伝統的な6.75リッターの排気量から571psと900Nmを生み出すV12ユニットも新設計だが、ファントムがターボエンジンを搭載するのはこれが史上初のことだ。

そんなファントムVIIIと、昨年10月にスイスで行われた国際試乗会以来、久しぶりに再会した。日本で試乗して改めて瞠目させられたのは、全長6mに迫るエクステンデッドホイールベースでさえ極めて扱いやすい点にあった。ドライバーの操作がクルマの動きとして正確に反映されるのに、乱暴に扱っても無粋な動きを見せない。とりわけ印象的なのがブレーキで、ガツンと踏んでもフンワリと減速Gが立ち上がるにもかかわらず、停止直前に踏力を抜けば前につんのめるような挙動も示すことなく、フラットな姿勢のまま停止する。ブレーキ系統の油圧制御とノーズダイブ・コントロールが絶妙な働きを見せるからだろうが、これほど気持ちよく止まるクルマを私はほかに知らない。

ロールス・ロイス ファントムのリヤシート

「ドライバビリティの高さは後席で寛ぐパッセンジャーの快適性を追求した結果」

したがってファントムを操っていると至福の喜びを味わえるのだが、ロールス・ロイスによれば、およそ7割のオーナーが自らステアリングを握るゴーストとは異なり、ファントムはほぼ全数がショーファードリブン用で、メーカー自身もオーナードライバーを想定していないという。つまり、ドライバビリティの高さは後席で寛ぐパッセンジャーの快適性を追求した結果、というわけである。

では、後席の印象はどうだったのか? 乗り心地は、まるで宮中で使われる馬車のようにフンワリとして心地よく、静粛性は窓の外の景色が現実のものとは思えなくなるほど優れていて、エクステンデッドホイールベースであれば前席のシートバックに手が届かないくらい広々している。すべて本物の素材が用いられたインテリアは恐ろしいほど手間ひま掛けて設えられたはずだが、私のような庶民も温かく迎え入れてくれるうえ、心平穏にゆったりとした時間が味わえる。地上を移動する交通手段のなかで、もっともぜいたくな空間といって間違いないだろう。

ロールス・ロイス ファントムのリヤスタイル

「車速を問わずしなやかな印象に終始する他のロールス・ロイスとは一線を画す」

ただし、乗り心地については2点指摘しておきたいことがある。ファントムVIIIには低速でダンパーの減衰率が高めに感じられる領域がある。これ自体は不快ではないものの、車速を問わずしなやかな印象に終始する他のロールス・ロイスとは一線を画す。国際試乗会場でドイツ人技術者に訊ねると「低速でフワフワしていると乗員が酔うから」という答えが返ってきたが、ロールス・ロイスに乗って気持ち悪くなったことはこれまでなかったので、私にとっては意外な回答だった。

もうひとつは、今回の試乗車に限って鋭い突き上げがあった直後にかすかな振動が尾を引く傾向が見られたこと。ただし、国際試乗会ではそのようなことは皆無だったので個体差によるものと推測される。

太陽が西に傾きかけたころ、ファントムで都内を流していると、サイドウインドウから差し込んだ陽射しがダッシュボード上のギャラリーを優しく照らした。デザインディレクターであるジャイルズ・テイラーの提案になるこのギャラリーは、硬質ガラスの内側にオーナーが選んだアートを展示できる新機軸。試乗車では幾重にも折り畳まれたグレーのレザーが飾られていたが、日の光を受けてできる影が姿と大きさをゆっくりと変えていく様を眺めているのはなんともぜいたくで心地よかった。デジタルで作られたアートでは、この本物の喜びは味わえないだろう。

PHOTO/篠原晃一(Koichi SHINOHARA)

【SPECIFICATIONS】

ロールス・ロイス ファントム エクステンデッド ホイールベース

ボディサイズ:全長5990 全幅2020 全高1645mm
ホイールベース:3770mm
車両重量:2750kg
エンジン:V型12気筒DOHCターボ
総排気量:6749cc
最高出力:420kW(571ps)/5000rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1700-4000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前255/45R22 後285/40R22
最高速度:250km/h(リミッター作動)
0-100km/h加速:5.4秒
車両本体価格:6540万円

※GENROQ 2018年 4月号の記事を再構成。記事内容及びデータはすべて発行当時のものです。