伝統のツェル・アム・ゼー氷上レース、2021年は無観客の「Cold Start by GP」として開催

伝統のツェル・アム・ゼー氷上レース、2021年は無観客の「Cold Start by GP」として開催

Cold Start by GP

コールドスタート by GP

新型コロナウイルス感染拡大を受け無観客にて開催

オーストリアのツェル・アム・ゼーにおいて、今年も「GP アイスレース(GP Ice Race)」が開催された。美しいツェル湖近郊では、フェルディナント・ポルシェ博士に敬意を表して、20年以上にわたり氷上レースが開催されてきた伝統がある。

このエキサイティングな伝統が2019年に復活し、今年で3度目の開催を迎えた。しかし残念ながら新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大下ということもあり、イベント名を「Cold Start by GP」と変えて無観客での開催となっている。

1950年代から1970年代に大観衆を集めたツェル・アム・ゼーのアイスレース

フェルディナント・ポルシェ博士追悼イベントとして誕生

2020年のイベントでは、1928年のサンモリッツ冬期オリンピックで行われた乗り手のいない馬がスキーヤーを牽く「スキー・ジョーリング」がイベント内で復活した。

1937年の冬にはオーストリア・アルプスの凍ったツェル湖の特設コースにおいて、初めてスキー・ジョーリングが開催されており、それから15年後の1952年2月10日、第1回フェルディナント・ポルシェ博士メモリアルレースがこの地で行われた。

ところが期待されていたスキー・ジョーリングの復活は予定通りにいかなかった。イベント開幕直前に大雪に見舞われたため、当初予定していた場所に新雪が降り積もり、主催者は硬く引き締められた別の場所を探さなければならなかった。それでも当日のツェル湖には多くの観客が押し寄せている。

そもそもこのアイスレースは、1951年1月30日に75歳で亡くなったフェルディナント・ポルシェ博士への追悼イベントとして計画。亡くなって1年後のイベント当日には哀悼の意を表して、1分間の黙祷も捧げられている。やがて静寂を破り、エンジンが始動。集まった観客は雪上での熱狂的なアクションに釘付けとなった。

1950年代から1970年代に大観衆を集めたツェル・アム・ゼーのアイスレース

 

冬季のエンターテインメントとして大人気に

1950年代初頭、アイスレースはオーストリアで最も人気のある娯楽のひとつであり、冬の間は毎週末に何千人ものファンがアイストラックに詰めかけた。当時、ヨーロッパでは本格的なモータリゼーションが起こりつつあり、このメモリアルレースは、例え雪に埋もれた場所でも自動車レースが楽しめることを証明していた。

オーストリア出身のライター、トマス・カルニーは「あの頃は多くの人にとってモーターサイクルやクルマは憧れの存在でした。まだ、誰もが簡単に手にできる存在ではなかったのです」と、当時を昨日のことのように振り返った。

当日の様子は、ザルツブルガー・ナハトリヒテン紙が「約1800mのコースで行われた第1回フェルディナント・ポルシェ博士メモリアルレースは、アクシデントのない完璧なイベントだった」と伝えている。

1950年代から1970年代に大観衆を集めたツェル・アム・ゼーのアイスレース

 

ポルシェ初のスポーツカー「356」が大活躍

そもそも、なぜこの場所でアイスレースが開催されたのか──。それはポルシェ一族が1941年にツェル湖近郊のシュットグートに家族のための土地を購入したことに所以する。2年後の1943年、ポルシェが拠点としていたドイツ・シュトゥットガルトは連日の空爆に見舞われて本社の移転が検討されることになった。そして1944年、ポルシェはより安全なオーストリアのグミュントへと本社機能を移すことを決定した。

第二次世界大戦終結後の1948年、ポルシェファミリーの名を冠した最初の車両「No.1 ロードスター」こと「356.001」が完成。それから5年後の1953年、グミュントから130kmほど離れたツェル湖において追悼レースが開催されたという訳である。前述のザルツブルガー・ナハトリヒテン紙は「オーストリアとドイツから48名が参加し、13ものエキサイティングなレースが行われた」と報じている。

このレースの主役となったのが、ポルシェ初のスポーツカー「356」だった。フェルディナント・ポルシェの甥、ヘルベルト・ケーズが356のステアリングを握り「1500ccスポーツカークラス」で優勝した。

1950年代から1970年代に大観衆を集めたツェル・アム・ゼーのアイスレース

 

片翼の男マテが圧倒的なスピードを披露

1955年には、当時ポルシェのレーシングディレクターを務めていたフリッツ“フシュケ”フォン・ハンシュタインも参戦して優勝を飾っている。ただ、この年の話題をさらったのはオットー・マテだった。彼は氷上を最高速度97km/hで駆け回り、観客からの大歓声を受けた。

この時「フェッツェンフリガー(Fetzenflieger:片方だけの翼)」という愛称を持つマテがドライブしたのは、ポルシェをベースにした独自のマシンだった。当時47歳の彼は、バイク事故で右半身が麻痺していたため、左腕だけで氷上コースを疾走したのだ。

F1チャンピオンの故ニキ・ラウダは、ポルシェ 550 スパイダーでマテに挑んだが、氷上では彼に勝つことができなかった。「オットーが片腕で自在にマシンを操る様子に感心したのを覚えています。そして、彼の有名なアイス専用マシンも素晴らしかたった」と、ラウダは後に振り返っている。

2020年の「Cold Start by GP」を訪れたヴォルフガング・ポルシェ(左)と、現在のアイスレースを復活させたフェルディナント・“フェルディ”・ポルシェ(右)

2022年に有観客のイベントとして復活を予定

ツェル・アム・ゼーでのアイスレースは1970年代に入っても続いたが、ツェル湖の氷が薄すぎて何度も中止を余儀なくされた。1974年には開催直前に除雪車が氷を突き破ってドライバーが溺死するという悲惨な事故が発生。以来、2019年に復活するまでツェル・アム・ゼーでアイスレースは行われていない。

40年近くの空白期間を経て、ポルシェ家の一員である26歳のフェルディナント“フェルディ”ポルシェと、友人のヴィンツェンツ・グレーガーが伝統的なイベントを「GP アイスレース」として復活。2019年と2020年、ツェル・アム・ゼー飛行場に設置された特設トラックを舞台に華々しく開催された。

しかし、2021年のツェル・アム・ゼーは数万人の熱狂的なファンを迎えることなく、無観客イベントの「Cold Start by GP」として開催。それでも、主催者は新型コロナウイルスの感染防止ガイドラインを満たした形で、2022年に有観客での開催を決めている。

すでにツェル・アム・ゼー飛行場の滑走路で行われる2022年のイベントに向けた準備は順調に進んでいる。さらに、それまで待てないファンのために、いくつかのサプライズも用意されているという。