【秘蔵私的写真で振り返るGT進化の旅/第7回】2008年復活のニッサンGT-Rに搭載された名レーシングエンジン

 日本のモータースポーツファンの皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 久しぶりに再開致します『秘蔵私的写真で振り返るGT進化の旅』企画。開幕前にちょっぴり昔を振り返り、知識をつけておけば来たる開幕がより楽しく迎えられはず。そこで今企画はJGTC全日本GT選手権時代の2003年(JGTC 2003規定)から2013年頃(スーパーGT 2009規定)までのメカものを皆さまと振り返る企画になります。当時は自主規制でNGとした写真ももはや時効、バンバン出しちゃいます!

 今回は2008年ニッサンGT-Rパワートレイン編です。それでは世界に誇る『ニッポンGT進化の旅 2008年ニッサンGT-R GT500 パワートレイン編』いってみましょう!


 GT-R復活であります。2003年にチャンピオンを決めた舞台、鈴鹿へ帰って参りました。この年の開幕戦鈴鹿のニスモチームのピットはまさに“勝たないと帰れない”という雰囲気。

 予選こそ22号車MOTUL AUTECH GT-Rにポールポジションを奪われたものの決勝では23号車XANAVI NISMO GT-Rがヘアピン立ち上がりで22号車をかわしてデビューウィンを達成。その後はGT-R勢が9戦中7勝とライバル勢を圧倒し、ドライバー・チーム共にシリーズチャンピオンを獲得します。ではそこにいたる経緯は、足元を支える技術はどうだったのか。当時の記録とともにみていきたいと思います。


 まずはパワートレイン。この話をするには2007年シーズンを振り返る必要があります。フェアレディZを投入してから次第に苦戦が続いていたニッサン勢。2006年のシーズン途中に2008年のGT-Rを投入が決定し、2007年はGT-Rの開発期間という位置付けとなりました。

 エンジンもこの先に決定される“スーパーGT 2009規定”にのっとりツインターボのVQ30DETTから自然吸気のVK45DEへ変更。1シーズンの開発・熟成を重ねた2008年GT-R仕様のVK45DEを2007年の最終戦富士にチームタイトルの可能性があった22号車へ投入しました。その後、このエンジンは2008年GT-Rの仙台ハイランドでのシェイクダウン、そして鈴鹿での公開テストで使用されていきます。


 その2007年の最終戦で富士の22号車に積まれた2008年仕様のVK45DE。惜しくもチームタイトルは逃すも貴重なデータをチームにもたらしました。ちなみにこの後シャッター閉められました。


 2007年のフェアレディZのエンジンルーム。細かな違いはあるものの2008年のGT-Rのエンジンルームの面影がみえます。


 2007年のフェアレディZ、VK45DEのエアボックス内部。


 こちらは2008年のGT-RのVK45DEのエアボックス内部。エアボックス内上部にインジェクターを設置するのはまだ先の話。吸気ファンネルの真上が白くなっているのが印象的です。


 吸気部分です。エンジン本体のスロットル部分より上はCFRP(ドライカーボン)部品で成型。コストの問題でしょうか、CFRPだったのは2008年のみ。整備時のファンネルカバーもCFRP製でした。セッション前に大気圧を測定。その値やリストリクター径をもとに、ファンネル部の下にスペーサーを入れて調整をしていたと記憶しています。


 2008年のGT-Rのリストリクター。エンジン屋さんは特別性能調整の対応に苦慮した一年だったようだ。


 CFRP製のファンネルカバー。インジェクターは上下2本。手前のタンクはパワーステアリング用だ。


 こちらは2007年のフェアレディZに搭載されたVK45DEの吸気部分。


 2008年のGT-Rに搭載されたVK45DEのエキゾーストです。チタン製で超軽量だったといわれています。


 そのVK45DEで発生させたパワーを伝える役目のプロペラシャフト。トルクディスクはCFRP製。“07-005”の文字が見えます。


 2008年ニッサンGT-R GT500 パワートレイン編、いかがだったでしょうか。

 天王山のオートポリス、23号車は僚友22号車のリアウイング高の違反によるポールポジション剥奪などもあったなかで優勝を手にしました。その後、悪天候の混沌のなか開催された最終戦富士でシリーズチャンピオンへ輝き、日本レース史にその功績を残すこととなります。

 一説では2008年にチャンピオンを獲ったらワークスでのル・マン24時間レース復帰が当時の日産自動車のカルロス・ゴーン社長とニスモの間で約束があったとか……。

 その後、チャンピオンカーの23号車は永久保存が決定。最近は各イベントでコクピット体験やエンジン始動体験などでわりとフランクに扱われている印象です。

 VK45DEに関しては抜群の信頼性とパワーでル・マン24時間など海外レースでも活躍。活動期間、成績などを考えると日本が産んだ名レーシングエンジンと言えるのではないでしょうか。

 その礎がこの2007、2008シーズンにあった。そのことを憶えておきたいと思います。