自動車メーカーによるモータースポーツ戦略の未来予想図【大谷達也のモータースポーツ時評】

 モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、国内外のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。

 第7回目のお題は『自動車メーカーとモータースポーツの関わり』です。

 2020年は国内外の自動車メーカーがモータースポーツ戦略を大きく見直すニュースが数多く発信された1年でした。『撤退』『参戦終了』などマイナスイメージの動きが大きく取り上げられていますが、決してそんなことはありません。自動車メーカーの“新たな”モータースポーツ活動は、熱く積極的に動き出しているのです。

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 前回はモータースポーツ界の2020年を振り返るとともに、2021年に向けての提言をしましたが、今回は自動車メーカーとモータースポーツの関わりというテーマで最近の動向をまとめてみました。

 私が注目した自動車メーカーのモータースポーツ関連ニュースはふたつあります。ひとつは、いうまでもなくホンダのF1撤退。そしてもうひとつはアウディの大規模な方針転換です。

レッドブル・ホンダF1 F1第16戦 サヒールGP 決勝
レッドブル・ホンダF1 F1第16戦 サヒールGP 決勝

 ホンダのF1撤退については私もさまざまな視点から原稿を執筆してきましたが、ここにきて八郷社長が撤退発表記者会見の際に言明した「先進パワーユニット・エネルギー研究所」の概要が徐々に明らかになってきました。

 その詳細についてはここでは触れませんが、八郷社長が説明したとおり、ホンダが今後のカーボンニュートラル化に向けて多大な研究リソースを割こうとしていることは間違いなく、F1撤退を決断したこともやむなしと思えてきます。

 もっとも、撤退の時期についてはいまも「早すぎる。あと2年は踏み止まるべきだった」と確信していますが……。

 アウディの発表も衝撃的でした。4つの輪=フォーリングスをトレードマークとするアウディは、昨年4月にまず2020年限りでDTMドイツ・ツーリングカー選手権から撤退すると発表。続く11月にはABBフォーミュラE世界選手権への参戦を2021年限りで終了する意向を明らかにしました。

アウディ、フォーミュラE第7戦で3位表彰台獲得
アウディ、フォーミュラE第7戦で3位表彰台獲得

 アウディとBMWの2メーカーだけが参戦するDTMからアウディが抜ければシリーズが立ち行かなくなるのは当然のこと。

 結局、DTMはクラス1規定のレース運営を諦め、2021年は暫定的にGT3車両を対象としたレースを開催すると発表しました。

 この点は、同じクラス1規定を採用しているスーパーGTのGT500クラスにも多大な影響を与えそうです。これだけならまだしも、アウディがフォーミュラEからも撤退するという発表には本当に度肝を抜かれました。

 私は2018年にアウディのワークス活動を統括するディーター・ガスにインタビューした際、ガスから直接「今後、アウディのワークス活動はDTMとフォーミュラEを主軸にします」との考えを聞いていたので、それからわずか2年で方針を大転換した意図が呑み込めず、大いに戸惑いました。

 そもそもDTMとフォーミュラEではシリーズが置かれている立場が大きく異なります。

 DTMの第一次ブームは1990年代に到来。その後、FIAの横やりが入ってシリーズは空中分解しましたが、2000年に復活すると、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディの3メーカーが協力し合いながらシリーズの振興につとめてきました。

 それが2018年にメルセデスが撤退して窮地に追い込まれ、アウディの撤退でシリーズ自体の命脈が絶たれました。

 いずれにしても、DTMが難しい状況にあったのは間違いなく、アウディの判断に関わらずシリーズ運営の見直しを迫られていたことは間違いないでしょう。

 いっぽうのフォーミュラEは大メーカーがこぞって参戦する人気シリーズで、EVの普及が見込まれる今後に大きな期待がかけられていました。

 つまり、衰退期にあったDTMと違って、フォーミュラEは成長期にあったのです。そのフォーミュラEからアウディが撤退したのは技術開発の余地があまり大きくなかったからと推測されます。

 ご存じのとおり、フォーミュラEはコスト抑制を目的として主要パーツをワンメイク制としていました。ワンメイクとされている領域は徐々に小さくなっていますが、F1のような自由競争とはほど遠い状況にあります。

 この点、シリーズ参戦を通じて技術開発を行ないたいとするアウディとは考え方に大きな隔たりがあったともいえます。

 もっとも、アウディは今季に向けてフォーミュラE用のニューマシンを完成させたばかり。もしも技術開発の規制が不満だったとしたら、ニューマシンなど開発せずにとっとと撤退していたことでしょう。この点、2021年限りの撤退には疑問も残ります。

フォーミュラE世界選手権を戦うAudi e-tron FE07を公開
フォーミュラE世界選手権を戦うAudi e-tron FE07を公開

 なお、アウディが発表した2日後にはBMWもフォーミュラEからの撤退をアナウンス。フォーミュラEは2大メーカーが立て続けに抜ける窮地に追い込まれました。

 だからといってシリーズがすぐに危機に追い込まれることはないでしょうが、これまで順風満帆に見えたフォーミュラEの将来が必ずしも安泰ではないことがこれで明らかになったような気がします。

 希望の持てるニュースもありました。

 ル・マン24時間ならびにWEC世界耐久選手権は2021年よりハイパーカーを対象としたLMHクラスを新設。ここにトヨタが挑戦することになりました。

TOYOTA GAZOO RacingのWEC2021年シーズン参戦車両 ル・マン・ハイパーカー『GR010ハイブリッド』
TOYOTA GAZOO RacingのWEC2021年シーズン参戦車両 ル・マン・ハイパーカー『GR010ハイブリッド』

 同クラスにはグリッケンハウス、バイコレスといった小規模なチームも参戦する予定ですが(編注:バイコレスは2021年シーズンの通年エントリーを行っていない)、それよりも楽しみなのが、IMSAとACOフランス西部自動車クラブが共同で考案したLMDhクラス向けマシンをアウディとポルシェが開発し、これでスポーツカーレースに復帰すると発表した点にあります。

 考えようによっては、アウディはLMDhクラスにエントリーするためにDTMとフォーミュラEを辞めたとも受け止められる事態です。

 こうした動きはなにを意味しているのでしょうか?

 自動車メーカーはどこも、電動化技術や自動運転技術を研究開発するために巨額の投資を強いられています。これが引き金となってモデル数を減らしたり、プラットフォーム戦略を見直したりするケースもあるくらいです。

 それでもアウディとポルシェは新規定でル・マン24時間やスポーツカーシリーズに参戦することを決めました。

 また、プジョーはLMH規定で、ルノー(アルピーヌ)も新規定マシンでル・マン24時間やWECに挑戦すると見込まれています。

 つまり、自動車メーカーはモータースポーツを見限ったわけではなく、適正な投資で適切な見返りが得られるのであれば積極的にモータースポーツ活動に取り組んでいくと表明したも同然と捉えられるのです。

 なぜ、自動車メーカーは台所事情が苦しいにも関わらずモータースポーツ活動を継続しようとしているのでしょうか?

 私は電動化技術や自動運転技術の普及によって自動車メーカーの個性が失われることを懸念しているのではないか、と考えています。

「自動車が電動化されたら白物家電と同じ道を辿る」とはよくいわれる言葉です。

 白物家電とは冷蔵庫や洗濯機のこと。すでに開発し尽くされた感のある冷蔵庫や洗濯機をいまさらブランドで選ぶ人は少数派でしょう。

 それと同じで自動車も将来的にはいまほどブランド性が重視されなくなると予想する専門家が少なくありません。

 そうなる可能性はゼロではありませんが、私自身は自動車のブランド性が当面は生き続けると予想しています。なぜなら、自動車は白物家電以上に趣味性の強い耐久消費財だからです。

 それでも、電動技術や自動運転技術によって自動車の個性が部分的にせよ失われる恐れがあるのは事実です。

 そのとき、自動車メーカーはどうやってブランド性を維持しようとするのでしょうか?

 ここで重要になるのがモータースポーツへの参戦であると私は睨んでいます。

 ただし、技術開発予算が急激に膨らんでいる現在、野放図にモータースポーツ活動を拡大することはできません。

 リーズナブルな投資で、大きな宣伝効果が見込まれるレースシリーズへのシフト。いま、自動車メーカーが取り組んでいるのは、これでしょう。

 つまり、LMDhクラスでル・マン24時間やWECに参戦することは極めてコストパフォーマンスが高いと自動車メーカーは評価しているのです。

 今後はエントラントの立場で捉えたコストパフォーマンスがレースシリーズの成否を左右する……。私はいま、そんな風にモータースポーツの将来を予想しています。