あるドイツ人ジャーナリストが再会した、ヘルムート・ボットの特別な「ポルシェ 928 S4」

あるドイツ人ジャーナリストが再会した、ヘルムート・ボットの特別な「ポルシェ 928 S4」

Porsche 928 S4

ポルシェ928 S4

時を超えて再び出会った運命的な928

モータージャーナリストとポルシェの開発責任者・・・。時を隔てたふたりが、1台のクルマを介して運命的な邂逅を果たした。クルマに宿った“魂”がふたりを繋いだのである。

『ポルシェ911-フォーエバー・ヤング(Porsche 911 – Forever young)』の執筆者であり、ジャーナリストやクラシックイベント主催者としても知られているトビアス・アイシェル。ある時、彼はポルシェ 928 S4と出会った。

中古車として販売されていたこの美しいグランツーリスモは、彼の30年以上に及ぶキャリアのなかで忘れ難き思い出となっていた1台だったのだ。

トビアス・アイシェルが手に入れた、ヘルムート・ボットのポルシェ 928 S4

ヘルムート・ボットがドライブしていた開発用928

時は遡って1987年。1960年生まれのアイシェルは、ドイツのシュトゥットガルトに本社を置く『モーター・プレス(Motor-Presse)』誌でジュニアエディターを務めていた。

この時彼に与えられた仕事が、911特集内の企画として当時ポルシェの開発責任者だったヘルムート・ボットへのインタビューだった。インタビューはヴァイザッハの開発センターにある彼のオフィスで行われることになっていた。

「そこで初めて彼の社用車が駐車されているのを見たんです。とても変わったボディカラーで、自動車電話のアンテナがすごく目立っていたのを覚えています」と、アイシェルは振り返った。

彼が知らなかったのは、この928 S4が普通のモデルではなかったということ。ボットがテスト車両として使用していたもので、後に生産仕様にも投入された最高出力350psを誇る5.4リッターV型8気筒エンジンを搭載。さらに様々なプロトタイプパーツも装着されている。

ボットへのインタビューが始まると、最初は少し緊張していたものの有益な時間になったという。当時は質問を事前に提出する必要もなく、様々な話題が繰り広げられた。

「当時は個人的な質問も許されていました。このインタビューで、彼がまだ356 SCクーペと、テストパーツ用に触媒コンバーターを取り付けた古い911を所有していることを知りました。さらに、彼がポルシェのディーゼルエンジン仕様にも乗っていたことを教えてくれたのです。彼から強烈なカリスマ性を感じたことも覚えています」

「彼は人を惹きつける魅力がありましたし、リラックスさせる穏やかな雰囲気をまとっていました。でも、チーフデザイナーを務めていたアナトーレ・ラピーヌと比べると、少し内向的な性格だったように思います」

ラトビア出身のデザイナー、ラピーヌはボットについて「彼は世間話をするような人ではなく、一緒にクルマに乗っていると、いつもとても静かでしたね。でも、ものすごい音楽好きで、突然オペラを歌い始めることもあるんですが・・・(笑)」と、語っている。

トビアス・アイシェルが手に入れた、ヘルムート・ボットのポルシェ928 S4

69歳で急逝したヘルムート・ボット

1992年、アイシェルは著書『ポルシェ911-フォーエバー・ヤング』の執筆に着手した。これまでに出版されたすべての911バイブルと比較しても、究極の1冊とも言えるほどのクオリティを誇る書籍だ。ボットは1988年の段階ですでに早期退職しており、各章の原稿チェックを快く引き受けてくれたという。

最初のインタビューから何年もの間、ふたりは静かな交流を続けていた。アイシェルは、ボットがリタイア後に静かに暮らしていた小さな村、ブッテンハウゼンを幾度となく訪れている。

「のんびりと過ごすと言うよりも、忙しくしていた印象があります。庭にはいつだって芝刈りロボットが走り回っていましたしね(笑)。彼は小さなガレージも持っていました。体調も良いようで、心の安らぎを得ていたようにも見えました」

当時、原稿のやりとりはメールでなくファックスが使われていた。第1章の校正原稿がボットから戻ってきたが、一切の訂正が入れられていない。「原稿を見る時間はありませんでしたか?」と聞くと、ボットは次のように答えたという。

「アイシェルさん、あなたはモデラー、デザイナー、エンジニアにインタビューしています。私には上司としての視点しかありませんから、訂正する立場ではないでしょう。もっと詳しく説明したい箇所の横には、鉛筆で印を付けました」

結局、ボットは原稿に追加要素を入れただけで、修正は一切なかった。「それが、このカリスマ的な人物の特徴だと思いました」と、アイシェルは懐かしそうに目を細めた。

トビアス・アイシェルが手に入れた、ヘルムート・ボットのポルシェ 928 S4

レトロ・クラシックスのブースに並べられていた928

ボットは1994年、69歳で急逝。一方、アイシェルは1993年からポルシェにおいて、国内ニュース配信の責任者として働いており、幹部クラス用の社用車として928が与えられた。ちなみにアイシェルの928には牽引ヒッチが取り付けられていたという。

928の生産終了後、人気が盛り上がりを見せ、1997年には「ポルシェ・クラブ 928(Porsche Club 928)」が設立されている。

話を2019年に戻そう。シュトゥットガルトで開催されたヒストリックカーイベント「レトロ・クラシックス(Retro Classics)」において、信じられない偶然が起こった。アイシェルはあるブースで、どこか見覚えのある928を発見したのだ。彼は一瞬戸惑いながらもそのクルマの説明書きに目を移した。

「売りたし、元エグゼクティブ向け社用車」

すぐに売主へと電話をかけ、書類を入念にチェックした結果、疑問は確信に変わった。

「整備記録を光にかざしてみると、しっかり『Mr.Bott』と手書きで記録されていました。その時すべての記憶が蘇ってきて、このクルマを絶対に手に入れなければならないと思ったのです」

整備記録をはじめ、様々な書類が良好なコンディションで残されていたため、この928 S4の生涯を全てたどることができた。シャシーナンバーの10番目の位置にある“J”の文字から、モデルイヤーが1988年であることも判明。これにより、通常のオーナーであれば望むこともできなかった様々な特別装備が組み込まれていることが明らかになった。

ポルシェの重役用社用車に贅沢な装備が与えられているのはよく知られている。しかし、ボットの928 S4が特別なのは、プロトタイプでありテスト車両でもあったという事実だ。

「私たちにとって、すべてのドライブがテストだったのです」とボットの妻ドリスはそう振り返る。

1988年5月には、このクルマがニュース写真として配信されている。それはヴァイザッハにおいて行われた、バーデン・ヴュルテンベルク州のエルヴィン・ヴェッター大臣に959を披露するイベント。ブリックレッドメタリックにペイントされた928 S4に乗り込む大臣と、説明を行うボットの姿が収められていた。

「ボット氏は退職後、このクルマをポルシェに返したはずです」と、アイシェル。

この“特別”な928を中古車として登録するには、プラスチック製ボンネットを標準のアルミ製ボンネットに変更し、慎重に整備された4.5リッターV8エンジンにシリアルナンバー「001」を取り付けたりするなど、いくつかの変更が必要だった。さらに様々なコンポーネントを生産仕様に適合させなければならなかった。

トビアス・アイシェルが手に入れた、ヘルムート・ボットのポルシェ 928 S4

3人目のオーナーとして928 S4を手に入れたアイシェル

ミュンヘン出身のふたり目のオーナーは、1991年1月24日に走行距離1万9200kmで購入。彼が年齢を理由に手放すことを決めた時、走行距離は21万kmにまで延びている。

「このオーナーは928の大ファンだったようですね。新車と変わらないレベルでメンテナンスや修理にお金をかけていました。定期点検はもちろん、数年前にボディカラーも完璧にリペイントされています。おそらくレザーシートもレストアしているようですが、こちらの記録は残っていませんでした」

アイシェルはこの928 S4で故ヘルムート・ボットの妻、ドリス・ボットも訪ねている。

「彼女は27年前と同じように温かく迎えてくれました。76歳になっても若々しく活動的な様子を知れたのがとても嬉しかったことを覚えています」

プフォルツハイム近郊のヴュルムにある彼女の家には、今もヘルムート・ボットの部屋が残されていた。

「彼の部屋には、オフィスにあったヴァイザッハのテストコースの大きな写真が飾られていました。彼にとって、このテストコースが本当に大切だったことがよく分かります」

最近、ついにアイシェルは、オリジナルのナンバープレート「S-PW 890」を手に入れた。そして、このナンバーには新たにヘルムートを表す“H”の文字が追加された。ヘルムート・ボットの精神が928 S4に息づいているのだ。

3人目のオーナーとなったアイシェルは、928 S4のステアリングを握るたびに、偶然がもたらしてくれた特別な出会いを思い出すだろう。いや、偶然ではないかもしれない。クルマには本物の“魂”が宿ることがあるのだ。