【ホイールの歴史】ホイールが発祥したルーツって何だろう!?

ホイールの歴史
原始の時代から、なくてはならない存在だった

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丸太を転がしたことがホイール発祥のルーツ
ホイールの起源は想像以上に古い。まだ文明も現れていない古代以前の時代に丸太を引きずらずに転がすことで、路面との抵抗が減って楽に移動できることを発見し、さらに丸太の上に重い物を載せて転がせば、わずかな労力で運搬できることも突き止めた。

今にして振り返れば、なんとも稚拙な行為に思えるが、人間に知識が浸透していない時代に丸太の転がりに気づいたことは大発見だ。この丸太の転がりが途方もない年月をかけて現在のホイールへと結びつく。

荷物を運ぶ場合、丸太は小さめなものを何本か並べて、少し動かしては後方の丸太を前方に順送りにするという手法も生み出す。木の枝を組み合わせて、荷台のようなものも作り、荷物の積みやすさも考えるようになった。

長い丸太は短く切って細くしたほうが地面との接地部分が減って転がり抵抗が少なくなり、より楽に運搬できることに気づき、太い丸太の輪切りをふたつ作り、それぞれの中心部分をくり抜いて棒で結んで車軸として荷台に取り付けた。

まさに荷車の原型だ。こうした方が丸太の場合よりも進行方向を柔軟に変更できる。丸太の輪切りは快適に動かすために大きくしたいが、丸太の太さには限界があるので、縦に割った木の板を何枚か合わせて円盤型にした。さらに無垢の木では重いので軽量のために穴を開ける。やがて外径と車軸部分をスポークで繋ぎ止める構造に発展。まさにホイールを思わせる造形だ。

修理のしやすさが魅力 木製ホイールの底力炸裂
木製の車輪を使った荷車は、人に代わって馬や牛に引かせることでより大きく重い荷物が運搬できるようになったが、車輪と大地との接触面のダメージも大きくなった。その対策として外縁に金属板を張るようにした。

この金属板がタイヤの原型で、木製の車輪はこのとき初めてホイール単独の役割を担ったことになる。木製ホイールの誕生だ。

1769年に生み出された蒸気で走る人類初の自動車の足元にも硬いカシの木を使った木製ホイールが使われて、外側にはタイヤとして鉄輪をはめていた。1885年に発表されたベンツの1号車はスチールワイヤーのホイールを装着。組み合わせるタイヤはまだゴムの塊のソリッドだったが、それでも鉄板よりは快適だ。

1888年にダンロップが、まずは自転車用の空気入りタイヤを考案。その7年後にミシュランがクルマ用を開発したことで、一気にスチールホイールと空気入りタイヤとの組み合わせが主流になるかと思いきや、現実は修理しやすい木製ホイールやパンクしないソリッドゴムタイヤの需要のほうが多かったという。

チタンやカーボンといったマテリアルにも着目する
1930年代になると木製ホイールが姿を消してスチールホイールが主軸になった。形状的には低コストで仕上がるディッシュタイプが乗用車向けで、軽快なルックスながら真円度を保たせる調整が定期的に必要なスチールワイヤータイプはスポーツカーや優雅な高級車向けと、使い分けられていた。

レースでは1924年にブガッティが世界で初めてアルミホイールを採用。しかし広まることはなかった。その後、1950年代半ばに今度はジャガーが久々にアルミホイールを復活させた。

ブガッティの時代よりも明らかに製造技術が進化して、エンジニアにとっても身近な存在になっていたので、マシンの性能アップに伴い、軽量なアルミホイールは瞬く間に広まった。

アルミよりも軽いマグも注目のマテリアルだった。1967年に登場したトヨタ2000GTにはセンターロック式のマグホイールを採用。もちろん市販国産車では初の試みだ。

さらに現在はチタンやカーボンといった素材の開発も行われている。軽さや強度ばかりでなく安全性のために剛性も考慮することがホイール作りの肝となる。

日本で初めて市販車に軽合金ホイールを採用したトヨタ2000GT。先進的な外観に合わせるかのようにアルミよりも軽いマグが使われた。

[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]