【中野信治のF1分析第14戦】強さが集約された『ハミルトン劇場』 再舗装の特殊なウエット路面で問われる技量

 王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのかが注目される2020年のF1。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第14戦トルコGPは予選から大雨でレースも荒れた展開に。そのなかでルイス・ハミルトンが優勝を飾り、7度目のチャンピオンを決めました。その結果以上に内容が濃かったレースを中野氏が解説します。

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 2020年F1第14戦トルコGP、まずは予選でレーシングポイントのランス・ストロールがポールポジション獲得という、少し驚く展開になりました。ストロールには雨が強いという印象はあまりなかったのですが、今回はレーシングポイントのクルマが特殊な路面コンディションにとても合っていたように見えました。

 トルコのサーキットは今回、アスファルトが再舗装されていました。そして雨になったことで路面に少し油も浮いたかなりスリッピーな状況だったと思います。通常のウエットコンディションよりも滑りやすいその路面状況のなかで、うまくレーシングポイントのウエットセッティングがはまったのだと思います。

 あのような特殊な路面状況では、ドライバーもすごくミスを犯しやすくなります。当然、トラクションも掛かりづらいですし、ブレーキもいつもの雨の時以上に止まらない。タイヤは基本的に縦方向にしか使えなくて、横方向はまったくグリップしないという特殊な状況でした。

 ですので、普通のウエットコンディションで速いクルマが今回も速かったかと言うと、少し違う感じでしたね。非常にトリッキーなコンディションで、いつものウエットドライビングの常識が通用しない状況で、ある意味、そのなかでノープレッシャーなストロールが『のびのび』と走ることができたように見え、チームメイトのセルジオ・ペレスを上回ってポールポジションを獲得しました。

 トルコGPでは、どこを狙ってセットアップしていたかということで雨量と合わせて結果は変わりました。ウエットレースではドライバーの技量も大きく関係しますが、今回の予選では、そのなかでもクルマの方向性、ウエットでの良し悪しが大きく関係していたイメージですね。

 ドライバーのタイムもそうですが、特に今回の予選タイムの大きな差を見ていると、どこを狙ってクルマのセットアップしているかでタイム差が極端についていました。ほぼドライ用セットのまま走っているチーム、完全に雨用セットに振っているチーム、その中間にセットしているチームとで、タイムが分かれていたと思います。

 路面が乾いていくと読んでいるチームならば、マシンの足回りを少し硬めにして、ドライ寄りにセットアップしていると思います。その逆ならば、サスペンションのダンパー、スプリングやロールバーなどを柔らか目にセットアップして、ダウンフォースを付け気味にしていきます。サスペンションのジオメトリーも大きく変更しているチームもあったと思います。

 雨用セットというのは、車高を上げてサスペンションを動かし、ダウンフォースもつけていくというのが、わかりやすい一般的なイメージです。ですが、今のフォーミュラでは車高はそこまで大きくは変えないと思います。タイヤ表面のブロックが高いウエット用タイヤに合わせる程度にするくらいですかね。

 もちろん、あのようなトリッキーで特殊なコンディションなので、うまく・早く走行ラインを見つけたドライバーは予選も速かったです。今回の予選では、通常のウエットでの走行ラインとはまったく違うラインを通っていましたね。ウエットラインというのは、カートでも同じラインで走行をするのですが、アウト〜アウト〜インで、立ち上がり重視でコーナーを回ることが多いんです。

 ですが今回の場合は、コースのアウト側がまったくグリップしなかったのだと思います。本来であれば雨はそもそもグリップせず、横方向のグリップが極端に下がります。ですのでステアリングを切る量を少しでも小さくしたいです。そこでアウト〜アウト〜インというラインを通ります。

 マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)は、通常のウエットのときにはそういった外側ラインで走行しているのですが、今回はドライに近いラインを選んでいました。イン側のエイペックスを外さず、むしろイン側の縁石を使ってマシンの向きを変えていました。今回は新しく舗装された路面で、雨になったときにアウト側がまったくグリップしなかったからです。舗装されたばかりの路面は雨になるとオイルが浮いてくるので、特にアウト側は使えません。

 いつものウエット路面とは違い、すごく特殊なライン取りというのが興味深かったですね。ですが、逆に言えばラインがひとつしかなかったので、決勝ではオーバーテイクが難しそうでしたよね。本当にあの状況は追い抜きができないと思います。

 予選に関しては、そんなライン取りをいち早く見つけたドライバーと、チームがどんなセットアップをしたかで大勢が決まった印象でした。完全ウエットかドライ寄り、もしくはその中間、どこにセットアップを振ったかで結果が分かれただろうし、あとは、そのマシンが元々ウエットに合うか合わないかということですかね。ウエットに合わないマシンというのはなんとなく存在するので、その3点が結果を極端に左右しました。

 決勝レースの序盤も、雨量が多いフルウエットの状況ではレーシングポイントの2台は速さを見せていました。ですが、路面が乾いてくるとメルセデスのルイス・ハミルトンが速くなっていました。

 序盤はスタートからレーシングポイントの2台が速かったですね。メルセデス勢に関してはハミルトンはスタートこそ良かったものの、その後コースアウトしてしまい順位を下げ、バルテリ・ボッタスに関しては接触もあって1コーナーでスピンしてしまいました。その段階では、今回は本当にメルセデスが不調なのかとも思ったのですが、やはり最後はハミルトンでした(苦笑)。本当に凄かったですね。

 あのトリッキーな路面コンディションのなかで、レースをノーミスで終えるというのは、ほぼ100パーセント不可能です。ハミルトンも今回は何度かコースアウトしていました。あまりにも繊細なドライビングが要求されるなかで、ラインを外してオーバーテイクすることが求められるような状況です。

 しかし、ラインを外すとまったくグリップがなくて、コーナーの進入でイン側を差そうとしてもブレーキがロックして飛び出してしまいます。立ち上がり後のストレートで完全に抜ききってしまえば良いのですが、ブレーキングで抜きにいくのがほぼ不可能な状況でのレースだったので、本当に難しかったと思います。レースの中盤、ようやくDRSが使用できるようになり、ストレートでのオーバーテイクがしやすくなりました。

 そのなかでもびっくりしたのがハミルトンとペレスですね。ハミルトンは乾き始めた路面のなか、インターミディエイトで50周という、かなり長い距離を走りました。本当に最近のハミルトンの真骨頂というか、冷静に展開を読んでいますよね。レース中の展開を把握するのはチームとの共同作業ですが、その状況をチームがハミルトンにきちんと伝え、ハミルトンは冷静に天気や路面状況などを計算しながら、レース前半は無駄な争いをしないということに頭を切り替えることができたのだと思います。

 ハミルトンはメルセデスのマシンが、フルウエットのときにあまり強くないということを理解していたと思うので、勝負どころは路面が乾いてきたときだと判断したはずです。そうなると後半勝負になるので、タイヤを持たせる作戦に途中から切り替えられます。ですが、それはチームとの細かい情報交換でその作戦にしたと思うので、結局はメルセデスのチーム力ですよね。

 とは言っても、どのドライバーもハミルトンのようにタイヤをあそこまで保たせられるかというと、そうではありません。クルマの状況にもよるのですがタイヤを保たせられないドライバーもいます。今回ですと、メルセデスのマシンがフルウエットでは単にあまり速くなかったのか、それとも若干ドライ寄りのセットアップをしていたから、フルウエットの路面では速さがなかったのかは不明です。

 もちろん、僕はチームの人間ではないので詳細は定かではないですが、少なくとも路面が乾くにつれてハミルトンのマシンは息を吹き返していました。ただし、路面が乾いてくるとスピードも上がるので、タイヤが壊れる(摩耗が限界を迎える)早さも増していきます。そういう状況のなかでハミルトンのマシンは、ほかのマシンよりも良い状況、タイヤを守れる状況になっていました。

■雨のなかでの縦方向のドライビングと進化したハミルトンの強さ

 路面が乾いてきて、ほかのドライバーのタイヤはグレイニング(ささくれ摩耗)が出てきてタイヤのダメージが大きくなっていく状況のなか、ハミルトンのタイヤが長く保ったということは、やはり走らせ方の部分が大きいのかなと思います。あとは、クルマのセットアップを少しドライ寄りにしていたのかなとも思います。

 ただ、チームメイトのボッタスは苦しんでいましたよね。あの状況を見てしまうと、やはりハミルトンのドライビングが光りますね。前回も言ったと思うのですが、ハミルトンはタイヤを横方向にあまり使わなくても速く走れるドライバーです。今回のレースは特にそうだったのですが、タイヤを横方向にあまり使わず、ステアリングを切りすぎないドライビングがピタッとはまったのかなと思います。

 ハミルトンのタイヤもグレイニングが出ていて相当辛かったと思います。ただ運が良かったのは、さらに路面が乾いてきてウエットタイヤが終わってしまい、溝がなくなっていましたよね。そのほぼスリック状態のタイヤが路面にうまくはまりましたね。

 その状況で、最後にまた雨が振ってきていたらレースを走りきれていないと思います。ですので、路面状況からタイヤ、レース展開、天気までもがすべてハミルトンに味方していました。見ていて『持ってるな〜』と思いましたね(苦笑)。いろいろな偶然が重なって、偶然というのは引き寄せるものだと思いますが、今回のハミルトンは勝つべくして勝ちました。

 一方、序盤にレースをリードしていたレーシングポイント勢ですが、ペレスはタイヤを最後まで保たせられましたが、ストロールは保たすことができませんでした。レース後、数日が経ってチームはフロントウイングの裏に破損があったことを明らかにしましたが、もともとストロールは元気がいいドライバーです。

 ドライビングでも思いきりがいいので、今回の予選で速かったのだと思います。クルマをコントロールするのも上手いですが、ただ今回は、そのコントロールの上手さが逆に仇となった感もありますね。フロントウイングの破損があったのかもしれませんが、結構攻めすぎてしまい、タイヤを保たせられなかったように見えました。そのあたりは経験の差もあったのかもしれません。

 これでハミルトンが7度目のチャンピオンを決めました。これは本当に相応しいことです。何度も申し上げていることですが、ハミルトンは本当に強く成長しました。初めから速くて優勝するだけではなく、自分がどんな状況でも上位に上がってきて、最後にはレースの流れさえも味方させて、気がつくとハミルトンが勝っていますよね。今回のトルコGPは、本当にそれが象徴されたレースでした。

 これも何度も申し上げていますが、今のハミルトンは単に速いだけではなく、大きなミスはまったく犯すことがありません。以前のハミルトンならば、あの路面状況ではスピンをしてしまったり、タイヤをダメにしてレースを終えていたかもしれません。しかし、今の彼は本当に自分自身をコントロールして最後まで走り続けることができるドライバーになっています。かつてのメンタルの弱さを感じさせないレースでした。

 今回のトルコGPは現在のハミルトンの強さが再確認させられる要素が詰まった『ハミルトン劇場』でしたね。速さや強さ、チームとのレース戦略だけでなく、レースの流れも手伝って勝つことができた。これは本当に凄いことで、チャンピオンを7回獲得したドライバーに相応しい勝ち方でした。

2020年F1トルコGP ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)
2020年トルコGPで優勝を飾り、7度目のワールドチャンピオンを決めたルイス・ハミルトン

 最後にF1とは離れてしまいますが、同じ週末に行われたスーパーフォーミュラ第4戦オートポリスではTEAM MUGENの野尻智紀が優勝を果たすことができました。僕がTEAM MUGENの監督になって2度目、今シーズン初めての優勝を難しい展開のレースで達成することができました。セーフティカーが2回も導入される状況でしたが、ピットのタイミングも逃すことなく、うまくタイヤ交換もでき、ピット作業でもチームはミスなく良い仕事をしてくれました。

 そしてドライバーの野尻もミスなく、予選一発の集中力も含め、今回は非常に乗れていましたね。今回は野尻自身の雰囲気というか、レースの週末『勝ちに行く空気』をすごく出していました。コメントや態度、振る舞いなども含めて、ずっと安心して見ていられましたね。レース展開も我々に流れがあり、ピットタイミング、そして作業を含めてチーム全員で勝ち取った勝利だと思います。本当にTEAM MUGENが強くなっているということを、監督の僕としても感じられるレースでした。

 まだ今シーズンは、鈴鹿での2連戦と最終戦富士という3戦が残っているので、さらに勝ち星を重ねられるようドライバーも含めて、チーム一丸となってもっとブラッシュアップしていきます。まだまだTEAM MUGENは強くなれると僕は思っていますし、僕が目指しているチームのイメージにはまだまだ到達していないので、チームとして、僕自身も含めてやるべきことがたくさん残っていると感じます。もっともっとその部分を詰めていき、あと1回、2回でも勝つことができれば最高です。

中野信治監督と野尻智紀(TEAM MUGEN)
スーパーフォーミュラ第4戦オートポリスで優勝を飾ったTEAM MUGENの野尻智紀(右)と中野信治監督(左)

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中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2020年Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT 中野信治監督
2020年Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTのチーム監督を務める中野信治氏。DAZNでF1中継の解説も担当