【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第13回】“十分なデータがない”ことがチャンスに。狙い通りの1ストップで9位入賞

 2020年シーズンで5年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニリングディレクター。ニュルブルクリンクで7年ぶりに開催されたグランプリは、初日にまったく走れないという異例の事態で幕を開けた。十分なデータを集めることができないまま迎えた決勝レースだったが、ハースは唯一1ストップ作戦を成功させてポイントを獲得。わからないことが多い状態で、どのように週末を戦い抜いたのだろうか。小松エンジニアが現場の事情をお伝えします。

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2020年F1第11戦アイフェルGP
#8 ロマン・グロージャン 予選16番手/決勝9位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選15番手/決勝13位

 アイフェルGPの前に、2021年限りでホンダがF1活動を終了するという発表がありました。現場の雰囲気としては、驚いているけれど、驚いていない、といった感じでしょうか。第3期の撤退は金融危機の影響を受けてのことでしたが、今はせっかくレッドブルと勝てるようになって結果が出始めたのにまたか……と感じている人もいるのではないかと思います。

 1980年代後半の圧倒的に強いホンダを観て育ってきたので、個人的にはなんとも中途半端な終わり方という感じがして残念です。今のホンダにはもう『夢』とか『DNA』とかって言葉を使う資格がないんじゃないですか。

 さてニュルブルクリンクでは、FP1でフェラーリドライバーアカデミー(FDA)に所属するカラム・アイロットを起用する予定でした。ニュルでFDAのドライバーを乗せることは随分前から決まっていましたが、カラムを乗せると決まったのは、実は前戦ロシアGPの日曜日の夜でした。FP1に向けて彼と話をしましたが、印象としては頭もいいし、いろいろなことを話すとその背景を理解したうえでちゃんと話ができるドライバーでした。

 たとえばFP1とFP2が共に雨でインターミディエイトタイヤでの走行になる場合は、基本的には金曜は1セットしか使いません(それ以上使うとレース用のタイヤで走ることになるので)。ですからもしFP1でカラムが1セット使いきってしまうと、FP2でロマンが使えるインターがなくなってしまいます。

 なのでFP1でのカラムの走行はタイヤを傷める前に止めなければいけないのでとても限られたものになります。だからといってまったく走らせないのでは彼にとってフェアでないので、ケビンと同じ周回だけ走ることを予定していると伝えると(たとえそれがたった3周だったとしても)、カラムはよく状況を理解していました。

 でも残念ながら、あの当時の状況(気温11度、路面温度12度)で走っても彼は何も証明できないし、こちらも何も判断できません。もしインターで走るとラップごとに大きくタイムが変わるので、見かけ上ケビンの3秒落ちのタイムで終わるかもしれない。実力を証明しようとプッシュしたら、コースオフするかもしれないし、下手したらクルマを壊してしまうことにもなります。そうすると彼の将来のチャンスは潰れてしまいますからね。

 だからあの状況で数周走るよりは、まったく走れず仕切り直しをする方がかえって良かったと思います。今のところは、もう一度どこかでカラムを乗せるという話はありませんが、今回の状況を考慮してまた話し合いの場が持たれるのではないでしょうか。

カラム・アイロット(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP カラム・アイロット(ハース)

 7年ぶりのニュルでのレースでしたが、やっぱりここはいいサーキットですね。高低差があって、キャンバーのついたコーナーもあるし、シケインもコーナーごとにスピードが違うので、基本的にはすごく楽しいサーキットです。

 一方でターン4のトラックリミットが話題になりました。ターン4の出口は他のレイアウトと繋がっている箇所があるので、そこだけは人工芝やグラベルにできず人工的なトラックリミットが設定されています。ムジェロやモンツァでも思いましたが、やはりモンツァのパラボリカのようにコース外に膨らんでも何のロスもないので、人工的なトラックリミットを作るよりは、ムジェロのようにコースを出るとタイムロスする様に作ってある方がおもしろいと思います。

 予選Q1ではそのターン4でロマンがトラックリミットを越えてしまったので、1分27秒118というタイムが抹消されました。すごくいいタイムだったのですが、トラックリミットを越えたから速かったというわけではありません。ロマンは予選後、このタイムは「新品のソフトタイヤがあれば絶対に出せる」と言っていましたし、ケビンも1分27秒231と速かったので、出るべくして出たタイムでした。

 アンダーステアの出やすい状況にも関わらずあのタイムが出るということは、クルマ的にも、ドライバー的にもいいということです。他のドライバーのタイムを参考に計算して、Q1からQ2にかけてのタイムの伸び代は0.5秒くらいあったので、最終的な15番手、16番手という結果は残念でした。ケビンはQ2で明らかにオーバードライブしてしまい、コンマ1秒しか伸ばせませんでした。仮にロマンが27秒1から0.3〜0.4秒伸ばせていれば11番手か12番手あたりが狙えました。2台揃ってQ2に進めなかったのが悔やまれます。

ケビン・マグヌッセン(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

■狙い通りの1ストップを完遂「情報がないなかでレースをするのもおもしろい」

 決勝は大変なレースでしたが、第3戦ハンガリーGP以来の入賞となりました。1周目に最下位に落ちたところから唯一1ストップ作戦で9位に入賞したので、とても達成感のあったレースです。

 土曜の予選前のFP3で3種類すべてのタイヤを試したところ、ソフトタイヤは思った以上に良くて、ミディアムタイヤもまあまあだったので、ミディアムをメインにしてレースを戦うことを決めました。一方ハードタイヤは雨上がりの路面ではやはり上手く機能しませんでした。

 とはいえ、わかっていることよりもわからないことの方が多い状況でした。そのなかで細かくデータを見てなるべく正確な予想を立てようとするのではなく、この場合わからない物事をどうマネージメントしていくかというのが重要だと思っていました。スタート時のタイヤも悩みましたが、1台ずつ分けて走るのがベストだと思い、ケビンはソフト、ロマンはミディアムでスタートすることにしました。

 ケビンは序盤にミディアムで苦労していたアルファタウリ・ホンダ勢を抜きました。でもタイヤが温まってくるとミディアムの方が速くなり逆に抜き返されてしまいます。もうこの時点でフロントタイヤがダメになってきたので、最初のピットストップをせざるを得ない状況でした。この時点でケビンの方はソフト-ミディアム-ミディアムの2ストップが確定です。

 ただこの時ピットストップのロスタイムの計算が間違っていたせいでセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)やキミ・ライコネン(アルファロメオ)に抜かれてしまったので、ケビンには悪いことをしてしまったと思っています。

ケビン・マグヌッセン(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

 一方ロマンの方は、タイヤが温まっていないスタート直後の2コーナーで外に膨らみ、この時点で最下位まで落ちました。でもタイヤが温まった後は、ソフト勢がピットストップして前に誰もいない状態で走っていると悪くないタイムで走れていたので、とにかく1ストップの可能性を残すためにスティントを伸ばしました。またベッテルやダニール・クビアト(アルファタウリ・ホンダ)が早い段階でハードタイヤに交換していたので、ふたりのタイムを参考にして、ハードタイヤでも大丈夫そうだと判断しました。

 他のチームが大丈夫だからといって自分のチームも大丈夫かといえば、必ずしもそうではありませんが、最下位から追い上げてポイントを獲るためには1ストップ作戦しかないんです。それでも最初に戦略担当のエンジニアたちにそう伝えた時は、彼らはハードを使うのが怖くて躊躇していました。でもこれしかないんだと言って、「ハードタイヤでいく」と伝えたらロマンもちょっと驚いていました。

 でも彼もすぐにこれしかないと理解したみたいです。さすがにアウトラップのヘアピン(ターン7)までは全然グリップもなかったのですが、その後タイヤに熱が入ってからは良いタイムで走ってくれました。

 ただ本当は、セーフティカー(SC)だけは避けたかったです。というのも、ハードタイヤでリスタートするのがどれだけ難しいかはわかり切っていたからです。45周目にSCが出た時点でロマンは10番手を走っていて、前を走るライコネンは確実にピットに入るはずなので、実際の順位は9番手。さらにピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)やニコ・ヒュルケンベルグ(レーシングポイント)もピットインしたので、7番手までポジションを上げました。

 もしロマンがピットインすると、背後を走るアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)やケビンに対してポジションを失い、入賞圏外に落ちます。この後、新品のソフトを使ってもジョビナッツィを抜ける保証はありません。

 逆にピットインしなかった場合は、リスタート後に新品ソフトを履いたガスリーやヒュルケンベルグに抜かれるのは避けられませんが、なんとか9番手を守る可能性はあると考えステイアウトに決めました。もちろんロマンにはタイヤを温め続けるようにと伝え、同一周回に戻るための1ラップでもできる限り熱を入れさせました。

 結局ロマンはリスタートでなんとか持ちこたえてくれて、ガスリーとヒュルケンベルグに抜かれた際も接触はなし。タイヤが温まってからはジョビナッツィのDRS圏内から抜け出して、狙い通りの1ストップ作戦で9位に入賞することが出来ました。ジョビナッツィがロマンのDRS圏内に入る前に、ケビンがジョビナッツィを抜いていれば、ダブル入賞も見えていたと思います。

 過酷なレースでしたが、何の情報もないなかでレースをするのもおもしろいなと思います。穴だらけのデータをどうやって活かすか、です。これは経験がものを言うし、人となりも出ます。あとは度胸ですね。どうしても普段ある情報を持たずして判断を下すのは勇気がいります。特に他と違うことをやる場合には。でも自分たちの置かれた状況を考えて、何が最も結果を出せる(ポイントを獲れる)可能性があるのかを冷静に考えれば自ずから答えは出てきます。ドライバー、チームが一丸となってホントによく戦えたと思っています。

 次のポルトガル(ポルティマオ)は、個人的には随分前のルノー時代にテストで行って以来なので未知数な部分が多いです。どこのサーキットに行っても同じですが、ウチの今の状況では、何かあった時にチャンスをものにしなければポイントは獲れません。ニュルの場合は、『みんながタイヤをわかっていなかったこと』が僕らにとってのチャンスでした。様々なところで失敗する危険があるけれど、それを全部乗り越えて正解を導き出せてよかったです。ポルトガルでも自分たちなりに考えて、また正解を導き出せるようにしたいです。

ロマン・グロージャン(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ロマン・グロージャン(ハース)
ロマン・グロージャン&小松礼雄エンジニアリングディレクター(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ロマン・グロージャン&小松礼雄エンジニアリングディレクター(ハース)
ケビン・マグヌッセン(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ケビン・マグヌッセン(ハース)