ル・マンで世界にその名を知らしめた山下健太「スーパーGTでやってきたことが役に立った」

 バックマーカーを絶妙な間合いで抜き去り、トップを猛追する1台の蒼いマシン。ドライバーは山下健太。マシンはレクサスLC500、ではなくLMP2のオレカ07。そしてトラックはもてぎではなく、ル・マン、サルト・サーキット。

「初出場のケンタ・ヤマシタが素晴らしい走りだ!」

 現地の実況がGT500王者の名を連呼する。「世界のヤマケン」が誕生した瞬間だった。

「ル・マンは意外と簡単なコースでした」

 帰国直後にも関わらず、電話口の声は元気そうだった。「疲れる前に終わってしまいましたし……」と、やや自嘲気味に笑ったが、声には充実感がある。

「コースはすごくシンプルで自分のリズムにも合っていて非常に走りやすく、2〜3周で慣れました。唯一ポルシェカーブ(入口)の次の左・左はけっこう速度が高く、予選ではふたつとも全開で行ったんですが、壁ギリギリ。なかなかスリルがあって楽しかったです」

 2〜3周で慣れたという言葉が誇張ではないことは、ル・マン初走行のFP1でいきなりクラストップタイムを出したことでも証明される。計測10周程度の短時間で、ヤマケンは伝統のサルトをほぼ攻略していた。

「FP1でトップタイムが出ただけで、チームは大盛り上がりでした。雰囲気はとても良かったです」

 ヤマケンが所属するハイクラス・レーシングは、お世辞にもトップチームとはいえない。今季これまでのレースでは中団を争うのがやっとだっただけに、FP1首位は望外の結果だった。そして、好調は予選でも続いた。

「今回はハイパーポール進出が自分の中での目標でした。最初のアタックで少しトラフィックにつかまり『ちょっと足りないかな』と思ったら4番手で。最後にもう1回行ったら、思いっきりひっかかり更新できなかったんですけど、ギリギリ6番手でハイパーポールに進めて、ほんと嬉しかったです」

 ひとりのタイムだけで決まるル・マンの予選は、クラスの上位6台がハイパーポールに進める。全24台が覇を競うLMP2は大激戦区だったが、ヤマケンは見事ハイパーポールに進み、そこで4番手タイムを刻んだ。

「1回目はソフトタイヤで行きました。それまでずっとミディアムで走っていたので、ソフトの新品は初めてで、そこまで合わせきれなかった。でも、2回目は攻めきれて、一歩間違えれば飛んでいっちゃうくらいギリギリの走りで、だいぶ出し切った感はありました。できれば3番以内に入りたかったけど、前とはコンマ3以上あったので、あのあたりがクルマの限界でしたね」

2020年がル・マン初出場となった山下健太
2020年がル・マン初出場となった山下健太

■「抜かれたままだとダサい」。GTEを使って冷静に前へ


 そして迎えた土曜日の決勝。スタートドライバーを任されるも「全然緊張しなかったです」と、リラックスモードだった。しかし、スタートでは2台に抜かれ、6番手に順位を落した。

「フォーメーションラップ中に水温がだいぶ上がってしまい、エンジンがセーブモードに入りリミッターが手前で入るようになって。出だしはけっこう決まった! と思ったんですけど、そのあと全然加速せず『おーい最悪だぁ』と。1コーナーまでに2台くらい前に行かれてしまいました」

 そこからがヤマケン劇場の開演だった。彼の周囲はLMP2の優勝候補だらけ。前を走るはジャン・エリック・ベルニュやウィル・スティーブンスなど、元F1ドライバーたち。だがヤマケンは一歩も引かず果敢に攻め続けた。

「抜かれたままだとダサいし、どうにか抜き返さないといけないなと。まずクルマを冷やそうと、直線ではずっと空気が当たるように走りました。後ろに迫られていましたが何とか抑え、コース中盤くらいでようやく普通の状態に戻り、そこから自分のペースで走り始めました」

 第1スティントで4番手まで順位を上げ、第2スティントではピットインのタイミングもあり2番手に浮上。GTEの間をすり抜けながら、前を行く元アウディLMP1ドライバーのフェリペ・アルバカーキを追った。それが冒頭のシーンである。

「なんかスーパーGTっぽかったですよね。GT500ほどではないけど、LMP2も真後ろにはつけなくて単独だと抜きづらい。だからGT300……じゃなくて(笑)、GTEをうまく使って抜く感じで、ずっと間合いを考えながら走っていました。スーパーGTでやってきたことが、だいぶ役に立ちましたね」

 見ているほうはハラハラするような駆け引きだったが、ヤマケンはいたって冷静だったという。

「長いレースなので、最初の2時間で少しでも当たって壊したら、残りの22時間がもったいない。だから絶対に当てないように、行ける時は行く感じでした。あれでもかなりマージンをとっていたんです。GT最終戦の時みたいに『何がなんでも行く』感じではなかったですね(笑)。危ないシーンは全然なかったし、タイヤマネージメントもうまくできていたと思います」

 3スティントを終えて順位は3番手。ルーキーらしからぬ安定した走りで、68才のチームメイトにバトンを渡した。

「直線が多く休める区間が多いので疲れは少なく、4スティントも行けるかなと。夜に5スティント走る話もありましたが、それでも大丈夫だったと思います」

 しかし、その後マシンはギヤボックスのトラブルでピットに留まり、インアウトを繰り返すもリタイアを余儀なくされた。

「頑張って直そうとしていたので残念でした。僕も、できれば夜のスティントをちゃんと走りたかった。それでもLMP2では過去最高に楽しめましたし、24時間のル・マンで勝つと気持ちいいんだろうなぁ、いつか勝ってみたいなぁと実際に出てみて思いましたね」

 初出場ながらヤマケンは見せ場を存分に作り、その存在を世界中のレースファンの記憶にしっかりと刻んだ。そして、恐らくトヨタWECチーム首脳陣の記憶にも。彼が、ハイパーカーのステアリングを握る日は、それほど遠くないだろう。