【中野信治のF1分析第8戦】感慨深いガスリーのF1初優勝。偶然の奇跡を起こす必然のチカラ『セレンディピティ』

 7月から始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第8戦イタリアGPでは、スーパーフォーミュラでも活躍した日本に野染みの深いピエール・ガスリーがF1初優勝。そしてチームは中野氏もかつて所属していたミナルディ由来のアルファタウリと、縁の深いメモリアルな勝利となった。中野氏の過去の思い出とともにイタリアGPのガスリー優勝を振り返る。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 2020年F1第8戦イタリアGPはアルファタウリ・ホンダのピエール・ガスリーが優勝という意外な結果になりました。うれしい驚きというか、こういう結果もまたレースですよね。ガスリーに関しては、数戦前から走りにキレが戻っていることをお伝えしていましたが、前戦のベルギーGPからよい流れはきていたと思います。アルファタウリが戦えるクルマというか、ローダウンフォース仕様のマシンがすごくよかったというのもありますし、ガスリーのドライビングに合ったマシンができ上がりつつあるのだと思います。

 アルファタウリ・ホンダのもともとの前身は、僕も1998年にお世話になったミナルディF1チームです。そのミナルディが母国イタリアで勝つというのも面白いですね。偶然というか、こういうのはおそらく『意味がある偶然』だと思うのですが、このチームだからこそ、そういった『偶然の奇跡』みたいなことが引き起こせているのかなとイメージしています。

 僕もミナルディ時代には、偶然みたいだけど必然のような奇跡があってマシンに乗ることができました。僕がイタリア、ミラノの街中で偶然ミナルディの当時のオーナー、ガブリエレ・ルミと出会ったことがきっかけで契約に至り、レギュラーシートを獲得したというのは作り話に思われそうですけれど、200%本当の話です(笑)。

 僕はよく『セレンディピティ』という言葉を使うのですが、『偶然の奇跡』というか『偶然の幸運』みたいな意味合いで、いろいろ起こる物事は偶然だと思いがちなんですが実は必然で、偶然のような奇跡をいかにたくさん起こしていけるかというのが、不可能を可能にしていくことだと思っています。

 今回のレースもそうです。偶然のような必然の出来事がいろいろとあってガスリーが勝つことができました。でも実はガスリー自身、そしてアルファタウリ・ホンダ側にもそのための下準備はできていて、流れもきちんとあった。

 ガスリー自身のこれまでのキャリアを通しての想い、昨年のプレッシャーや悔しい気持ちや、それを乗り越えての今年の走りだったり、いろいろなことが交錯して奇跡のような、偶然みたいな必然を引き起こすことができたと僕は思います。これはモータースポーツに限らず、どの人の人生でも一緒だと思っています。

 最後は、そういった力が強い人がトップに上がっていくのかなとも思います。偶然のチャンスが来たとき、いかに受け入れる準備ができているかということでもありますね。そういった意味でも、今回のレースはすごくよいものを見せてもらったなという気持ちです。僕の感性で言うと、今回のガスリーの勝ち方はすごくよい形だなと思いました。何か、心がスッとしましたね。

 ミナルディから続くアルファタウリは、そういった『何か』や、チャレンジを起こせる力を持っているチームなんだと思います。僕がいた当時も決して強くはなかったけれど、モータースポーツやF1にすごく愛があって、とても生き馬の目を抜くF1の世界にいるような人たちではなくて、純粋にレースを愛する心を持っている人たちが集まったチームでした。偏見ではないですけれど、すごく心の綺麗な人たちがこの世界で戦い続けていることも、ひとつの奇跡だと僕は感じていました。

 その後、チームを2001年にポール・ストッダートが買収しヨーロピアン・ミナルディとして参戦して、2006年からスクーデリア・トロロッソとなり、2008年のイタリアGPでセバスチャン・ベッテルが勝利しますが、こういう流れが続いていても工場も僕がいた当時のまま、イタリアのファエンツァにあって、大きな変化をすることなくF1に参戦を続けています。

 昨年のスペインGPとベルギーGPに行ったときには数は少ないですが、当時のメカニックが今は偉くなって残っていました。そしてチームの空気感というのはやっぱり変わっていなくて、イタリア人が運営しているというのもあるんですけれど、これだけ時間が経っていてもミナルディの空気感というのは、よい意味で垢抜けていませんでしたね。それが僕にとって嬉しかったし、懐かしい気分にさせてくれました。

 もちろん、チームとしては当時よりブラッシュアップされている部分もたくさんあって、すごく良いチームになっていると思います。でも、それで失っていく部分もあると思います。ですが、あのチームはそれがまだ消えていないんだな、というのが印象に残っていますね。フランツ・トストさんがチーム代表にいるというのもあるんだと思います。

 トストさんはラルフ・シューマッハーのマネージャーとして日本にいて、その頃から僕は知っていたのですが、すごく人情のある人です。そして、チーム代表という立場になってもそこは変わっていないです。もちろん変化も必要なんですが、それでも、そのあたりの変わらないことはすごく重要で、それが色濃く残っているチームですよね。

 ですので、見ている僕が言うのもどうかと思いますが今回のガスリーとアルファタウリ・ホンダの勝利はとても感慨深かった。あのときのチームがまだF1で戦い続け、僕の母国である日本のホンダと組んで、そしてチームの母国のイタリアGPで勝つという、なにかの運命を感じますよね。

 その一方と言ってはなんですが、このイタリアGPでウイリアムズ家がF1から去るという大きな話題もありました。

 古き良きチームがF1サーカスから去っていくというのは、またこれも時代なのかなと思ってしまいますよね。僕らはずっと、ウイリアムズやマクラーレンが強いところを見て育った世代なので、そういった意味ですごく寂しいなと思うし、同時に今の時代を見てきた僕にとっては、これも時代の流れだと受け入れないといけない気持ちの両方があります。そして、これからも大きな変化がまた起きていくんだという予感をさせてくれる出来事でもありますね。

■次のページ:エンジンマップ固定でレッドブル・ホンダ&フェルスタッペンの不可解な低迷。次戦のムジェロはハンガロリンクに近い特性

ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)
2020年F1第8戦イタリアGP ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)

 レースに話を戻しますと、決勝では2位に入ったマクラーレンのカルロス・サインツJr.もよいパフォーマンスを見せていましたが、やっぱりガスリーに流れや後押しがありました。サインツとマクラーレンにも頑張ってほしかったですが、ガスリーのストーリーというか流れができあがっていました。これは、みんながガスリーを後押しして力になって、なんとかトップを守りきったという感じですよね。

 また、今回のイタリアGPはエンジンのマッピングが予選と決勝で固定されました。いわゆる予選モードが使用できなくなり、決勝でも燃費の調整ができなくなったわけですが、その影響かどうかは分からないですが、レッドブル・ホンダとしてはいまいちな結果に終わってしまいました。エンジンマップの固定がメルセデスの独走をストップしてレッドブル・ホンダに有利に働くかと思いきや、マックス・フェルスタッペンが思いのほか沈んでしまったというのは、ちょっと理由が分からないですね。

 フェルスタッペンのコメントを見る限りは、ローダウンフォース仕様のセッティングがいまいちで全然リヤがグリップしないということでしたが、もともとレッドブルのマシンはリヤが凄くピーキーで、今回のモンツァはおそらくスパ・フランコルシャン(ベルギー)よりダウンフォースを減らしてきているはずです。

 そのあたりのダウンフォースレベルの限界値みたいなものがあって、その限界値を超えたところで、もともと持っていたピーキーさがさらに増してしまって、フェルスタッペンですらコントロールできない領域に入ってしまった可能性がありますよね。

 イタリアGPのモンツァでレッドブル・ホンダのマシンのコーナリングパフォーマンスを引き出すところまでダウンフォースをつけてしまうと、ストレートスピードが圧倒的に遅くなってしまったり、パフォーマンスが交差する部分が今回は微妙にズレてしまった可能性があります。外から見ている限りは予測しかできないですが、空力、ダウンフォース、コーナリング、ストレートスピードというのがちょうど交わるバランスがあって、今回はその限界値をギリギリのところで外してしまったのでしょうね。

 そして、意外とダウンフォースがなくても走れてしまったのがアルファタウリ・ホンダのクルマです。おそらくあのマシンはもともとピーキーさが少ないので、スパよりダウンフォースが減ったモンツァでも、ある程度コントロールができるマシンだったのかなと想像できます。

 あとは、ガスリーがしっかりと走れるマシンは後ろのグリップがしっかりしているクルマというイメージがあるので、そういった意味でもアルファタウリ・ホンダのマシンのほうが、レッドブル・ホンダよりもピーキーさが少なく仕上がっていたと思います。モンツァでは、その特性の差がアルファタウリ・ホンダにはポジティブに、レッドブル・ホンダにはネガティブに出てしまったのかなと見えましたね。

 今回はマクラーレンとレーシングポイントも良かったですね。ただ、フェラーリはやっぱりダメでしたね(苦笑)。パラボリカでのシャルル・ルクレールのクラッシュは、相当ダウンフォースを減らしているというのが要因のひとつです。前のクルマに付いていたわけでもないですし、単独でのアクシデントなので、ダウンフォースをギリギリまで減らして走っているので、ああいうミスが起きやすくなってしまいます。

 パラボリカは特にダウンフォースが効くコーナーですし、リヤのダウンフォース量を軽くして走らせると、パラボリカの出口はマシンの後ろが出て(リヤのグリップを失って)コントロールができなくなってしまいます。コーナーの入口からクルマのダウンフォースが軽い状態で入っていますし、その状態でアクセルを踏み込んで加速していかないといけないので、ああいう状況は起こりえます。

 ルクレールはすごく不安定な状況でマシンをコントロールせざるを得なかったんですよね。フェラーリはストレートが遅い分、ダウンフォースを削ってドライビングでカバーしなければいけないので、無理して走っていて苦労していますよね。

 次のグランプリになりますが、トスカーナGPは久々のサーキットになるのでとても興味深いですね。ムジェロ・サーキットという最近F1を見始めた方はほとんど知らないサーキットだと思います。僕はミナルディ時代、工場がムジェロと近かったのでテスト走行を何度もしていました。当時とレイアウトはほとんど変わっていないと思いますが、コースのイメージはハンガリーGPのハンガロリンクですね。

 高速コースというウワサがありますが、全然低速サーキットです(苦笑)。ストレートは結構長いのですがコーナー自体はほとんど低速なので、マシンはフルダウンフォース仕様になると思います。唯一、下ってからの高速の右コーナーがあって、ここは結構、身体的には厳しいのですが、それ以外はほぼすべて低速コーナーなので走っている感覚はハンガロリンクです。ハンガロリンク+高速右コーナーという感じで僕は結構好きでしたね。

 コース特性はシルバーストンやスパ、モンツァとも違いますので、この2戦のベルギーとイタリアからはがらっと展開が変わると思います。そして、これでまたコース特性が一巡することになりますが、この連戦中にそれぞれのマシンがどう進化しているか、その度合いも見れるんじゃないかなと思います。

 第3戦のハンガリーGPは遅かったけれど、トスカーナGPのムジェロでは速いということはクルマが進化しているということになります。それでもやはりムジェロについては各チーム、データがほとんどないですから、チームがどれだけ高いシミュレーション技術を持っているかというところの差が出てくると思うので、チーム力の高いところがやはり強いのかなと思いますね。

<>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2020年スーパーGT Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの中野信治監督
Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの中野信治監督