F1ベルギーGP木曜会見(1):「アントワーヌとの思い出は何千とある」ガスリー、ユベールとの寮生活を語る

 2020年のF1第7戦の舞台は、ベルギーのスパ・フランコルシャン。昨年のベルギーGPでは、FIA-F2選手権で、アントワーヌ・ユベールが大クラッシュに巻き込まれ、22歳でこの世を去るという痛ましい事故が起きた。

 あれから1年。サーキットは、ユベールの事故現場であるオー・ルージュを駆け上がったラディオンの先にあるタイヤバリアを2列から4列に拡充。さらにF2はユベールが付けていたカーナンバー19を永久欠番にしたことを発表するなど、悲劇的な死を遂げたユベールにあらためて哀悼の意を評している。

 木曜日の記者会見も、ユベールに関するものが多かった。そのなかで、最も多くの時間を割いてユベールとの思い出を語ったのが、同じフランス人のピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)だ。

2019年FIA-F2ポール・リカール戦で優勝したアントワーヌ・ユベール
2019年FIA-F2ポール・リカール戦で優勝したアントワーヌ・ユベール

「アントワーヌとの思い出は何千とあるよ。僕が9歳でカートを始めたときに、初めてレースした相手が彼だった」

「その後、13歳から僕たちは家を離れて(フランス自動車)協会のスクールに通うために、寮に入った。フランス人ドライバーはアントワーヌと僕ともうひとりの3人だけ。そこで僕たちは18歳まで一緒に過ごした。一緒にトレーニングし、レースで競い合った。彼が腕立て伏せを15回やったら、僕は16回やった。すると今度は彼が17回という感じだった」

「僕たちは学校でも同じクラスだった。だから、朝7時半の朝食から夜10時まで、毎日ずっと一緒。プレイステーションでグランツーリスモやF1のゲームを一緒にやったけど、そのときでさえ、張り合っていた」

「彼はとても賢く、ひたむきだった。だから、僕はいつも彼を尊敬していた。彼がいなかったら、いまの僕はない。彼がそばにいて一緒に成長したから、僕はより強くなれた。彼に負けないために、どうすればいいかを常に考えていた。だから、彼は僕のなかの一部なんだ」

 昨年のベルギーGPは、ガスリーにとって、もうひとつ辛い思い出があった。それは、直前にレッドブルのシートを外され、トロロッソへ移籍して臨んだグランプリだったことだ。

「前のグランプリがハンガリーGPだったんだけど、レース後、僕はアントワーヌと彼のガールフレンド、そして仲間たちとブダペスト市内で夕食を共にした。その後、レッドブルからトロロッソへの移籍が決まって、最初にメッセージをくれたのがアントワーヌだった」

 そんなかけがえのない友人を亡くして一年が経った。スパ・フランコルシャンを訪れたガスリーは会見に臨む前、事故現場を訪れ、花を手向けている。

「なんか不思議な感覚なんだ。ここは僕にとって、いい思い出がたくさんあるサーキットだった。F4で初優勝したのはこのスパだし、GP2でも勝っている。だから、いつもはここに来るのは楽しみだったけど、今年は明らかに違う。いい思い出と悪い思い出が交錯しているんだ」

2020年F1第7戦ベルギーGP ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)、故アントワーヌ・ユベールを偲び、コースに花を手向ける
2020年F1第7戦ベルギーGP ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)、故アントワーヌ・ユベールを偲び、コースに花を手向ける

 昨年のベルギーGPでF1初優勝を飾り、その勝利をユベールに捧げたシャルル・ルクレール(フェラーリ)も、「昨年、事故が起きた土曜日の夜は、本当に辛かった」と明かした。

「日曜日にサーキットに来て、ピエール(・ガスリー)とエステバン(・オコン)と話をして、ようやく落ち着いた」という。そして、1年経った今年も「ここに帰ってくるのは簡単じゃなかったし、今週末はずっと、僕たちの心の中に彼がいるだろう」と語った。

 GP3時代にARTでチームメートだったジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)も「いつもとは違う週末」だという。

「スパは大好きなサーキットだけど、今年はアントワーヌのためにレースしたい。彼に笑われないよう、全力を尽くすつもりさ」

シャルル・ルクレール(フェラーリ)
2020年F1第7戦ベルギーGP シャルル・ルクレール(フェラーリ)
ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)
2020年F1第7戦ベルギーGP ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)