10年の永き眠りから目覚めたグラハムのポルシェ 911 T

10年の永き眠りから目覚めたグラハムのポルシェ 911 T

Porsche 911 T 1969

ポルシェ 911 T 1969

1967年にラインナップへと加えられた911の廉価版

あるひとりのポルシェ・ファン、グラハムは長い時を経て愛車の911を再生させることになった。英国人のグラハムが所有していた1969年式「911 T」は、彼の海外赴任により長らく放置されていた。今回の物語は、その愛はけっして錆びつかないということだ。

1967年、ポルシェは廉価版モデルとして911 Tを市場に投入した。いくつかのオプションを削ることで、それまで販売されていた911ラインナップよりも簡素な装備ながら低い価格を実現している。「T」の登場によって、多くの人が911を所有するという夢を実現させることになった。

当時の英国における価格2110ポンドを支払えば、助手席に妻、子供達をリヤシートに乗せて、0-100km加速10秒という俊足を手にすることができた。最高出力は123bhpと控えめだが、1020kgの車重には必要にして十分なパワーだったと言えるだろう。

10歳の時に911と運命的な出会いを果たしたグラハム

911 Tの登場から30年、時は2000年代初頭。この物語の主人公グラハムも、子供の頃からポルシェに憧れ続けていた。 10歳のとき、彼は毎朝ハムステッド・ハイストリートにブロンズカラーの911が駐車しているのを見つめていたという。 彼はこのクルマをいつか手に入れようと心に決めた。その後、夢を諦めることなく彼は学校を卒業し働くようになった。

ある週末、グラハムは新聞広告で理想的な911を発見する。しかしその911が売りに出されていたのは英国ではなくオランダだった。ルームメイトは「まずは現地でしっかりチェックしてくるべき」と彼に勧めた。オランダへと渡り試乗を終えてガレージに911を戻した瞬間、「これは僕の911」だとひらめき、すぐに購入を決めた。

ロンドンへ戻るとすぐに、グラハムは家族から家を買うために与えられたお金で、元のオーナーに車両代金を支払った。この時点で彼はこの911が「T」ということさえ知らなかったという。価格は販売当時の2110ポンドから2万1000ポンドになっていた。

オランダから英国へと持ち込まれたパープルの911 T

クルマをオランダからイギリスへと運び家までドライブ。そしてロンドンで登録してから4年間、グラハムは毎日のように911 Tのステアリングを握った。パープルの911 Tでロンドンの渋滞に巻き込まれていたわけではない、彼は何度もヨーロッパ各地をドライブした。

最も記憶に残っているのは、父が助手席、母親とガールフレンドをリヤシートに乗せて、大陸を横断してイタリアへとドライブしたことだという。 帰国後、グラハムはグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードなど様々な自動車イベントにも参加した。

グラハムの海外赴任が決まり、1年のつもりが10年も放置

ところが、突然グラハムの海外赴任が決まってしまう。当初は1〜2年の予定で彼はUAE(アラブ首長国連邦)へと移住した。赴任直前にアルプスまでのドライブを堪能したあと、グラハムはガレージに911 Tを駐めてしばしの別れを告げた。その後911 Tは駐車場に放置され、数週間ごとに友人や家族がチェックすることになる。

911 Tは埃を積み重ねながらただそこで待っていた。グラハムの赴任期間は 1年が2年、2年が5年、5年が10年と延びていった。

タイヤは空気が抜け、ボディには経年による劣化が見え始める。当初、グラハムはクルマを10年も放置するとは考えていなかった。しかし、911はけして死なない。ここに重要な統計がある。ツッフェンハウゼン工場を離れた911のうち70%は今も元気に走り続けている、という統計だ。

 

タイヤとバッテリーを交換後、数時間で復活した愛車

グラハムから依頼を受けたのは、ポルシェのスペシャリストである「タワー・ポルシェ(Tower Porsche)」。彼の911 Tを以前から整備していたことから、物事は想定したよりもスムーズに進んだ。そして911 Tが置かれていたロンドンブリッジのガレージへと向かい、状況を確認する。イグニッションを回しても反応はない。タイヤとバッテリーを交換し、チョークを繰り返した後、911 Tは再び息を吹き返した。

10年間の放置ゆえ、クモの巣、ほこり、汚れはあったものの、ボンネットの下はすべてオリジナルのままだった。燃料系統を再調整し、オルタネーターを含む電気系統を再点検後、ワークショップで50歳のヒストリックカーは、現役時代の元気を取り戻すことになった。

911 Tの復活を祝うため、グラハムは911 Tを2時間ドライブしてグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2019へと向かった。かつて何度も訪れた場所だが、実に10年ぶりである。