自動車コラムニストが50歳にして大型二輪に乗ってみようと思ったワケ【RRR・第1回】

■ナナハンの象徴「CB750」が50周年。同い年の縁を感じて大型二輪に乗りたいと思った

自動車コラムニストを名乗り、WEBメディアに寄稿する日々を送っています。不思議なもので、四半世紀以上にわたって自動車メディアに関わってきたのですが、二輪メディアにはまったく縁がなく、オートバイとは距離を置いた人生を過ごしてきました。

もっとも若かりし頃に二輪の中型限定免許(いまでは普通二輪と呼ばれるもの)を取得、24歳くらいまではオートバイを所有していたので、まったく乗ったことがないわけではありませんが、それでも四半世紀はオートバイに乗っていなかったのです。原付スクーターには乗る機会はありましたが、5年以上は二輪に跨った記憶がありませんでした。

ホンダの電動バイク「PCX-Electric」に試乗する筆者

しかし、2019年に入ってたまたま二輪に乗る機会がありました。それはホンダの電動化戦略を説明するメディア向けのイベントでのこと。二輪でも電動化が進んでいることを伝えるべく、125ccクラスのスクーター「PCX」の電動仕様をクローズドコースにて試乗する機会に恵まれたのです。二輪の運転免許は持っているものの、あまりにも久しぶりで電動スクーターでも腰が引けてしまったのですが、スクーターとはいえ二輪に乗って、いろいろと思うところがありました。

たとえば自動運転時代の混合交通についてだったり、自動二輪における運転アシスト(自動運転技術)だったり、はたまた電動化が進んでいったときの二輪のインフラや使われ方だったり、様々な考えが頭の中をめぐります。そして、いま現在の公道において二輪の置かれている状況を体感してみたいと思うようになったのです。

前述のように中型二輪までは乗れる免許を持っていますから、250~400ccクラスのオートバイを手に入れれば市街地から高速道路まで走ることはできますし、ライダーの気持ちを理解することもできるでしょう。しかし、25年以上のブランクでいきなり公道を走るというのは不安を覚えるというのが正直なところ。中高年のリターンライダーが起こす事故というのも一部で社会問題になっているのも見聞きしています。やっぱり妄想だけで止めておこうと考え直していたのです。

そんな折、偶然ですがホンダのウェルカムプラザ青山にて「CB」誕生60周年記念イベントをやっている日に訪れることができました。CBといえば、自分が中型限定の免許を取ったときの教習車がCBR400Kだったくらいしか実際に乗った思い出はないのですが、CB750 FOURといえばナナハンの象徴として印象深いマシンで、自分の中でのCBのイメージそのもの。そして、この記念イベントでCB750 FOURが50周年だということを知ったのです。

Honda ウエルカムプラザ青山で開催された「CB」誕生60周年記念イベントでの筆者

自分自身、今年50歳になったこともあって50周年という数字に何かの縁を感じたのでした。CB750 FOURに乗ってみたいとまでは思わないものの、せっかくだから人生のうちで一度くらいは大型二輪に乗ってみたいという気持ちがムクムクとわいてきます。

そこに、リターンライダーとして公道での二輪のポジションを感じてみたいという職業的な好奇心が掛け合わさり、「ライディングのリハビリを兼ねて、大型二輪の免許を取るべく教習所に通おう」と気持ちが固まったのでした。正直、消費税が上がる前のほうが教習代も安く済むだろうという駆け込み需要マインドが、後押ししてくれた部分があるのも否定できません……。

教習車であればガード類もしっかりしているので、倒してしまっても問題ないというのもリハビリにはちょうどいいという読みもありました。10万円近い教習コストはけっして安くありませんが、リターンライダーのリハビリテーションを兼ねてライディングをもう一度学ぶという行為にはそれだけの価値があると思ったのです。

タイトルにつけた【RRR】というのは、まさしく「リターンライダーリハビリテーション」の頭文字をつなげたもの。レーサーレプリカが全盛だった時代、二輪がモデルチェンジをするたびに車名にRが増えていく時代を過ごしてきたという原体験も「R」という文字を並べたくなるのかもしれませんが、けっしてカッコイイ話ではありません。肉体的にも衰えた中で、暑い季節に若者といっしょに教習を受けるというのはなかなかタフな経験でしたし、最初のうちは200kgを超える教習バイクを支えきれず何度も転んだものです。

結果的に、教習時間がオーバーすることはなく、卒業検定も一度で合格することができ大型二輪免許を取ることができたのですが、個人的にはまったくスムースだった印象はありませんでした。そんなリターンライダーが感じた教習所での日々については次回の記事でお伝えしましょう。

(山本晋也)