フォルクスワーゲン、フェルディナント・ピエヒ博士の死を悼む

フォルクスワーゲン、フェルディナント・ピエヒ博士の死を悼む

Mourning Dr. Ferdinand Piech

追悼:フェルディナント ピエヒ博士

長年にわたりフォルクスワーゲンの社長、監査役会長を務めてきたフェルディナント・ピエヒ博士が亡くなった。

フォルクスワーゲンの監査役会および役員会は、2019年8月27日付けで「全従業員66万人を代表し、家族へ心からの哀悼の意を捧げるとともに、フォルクスワーゲンおよびグループ全体のブランド、そして自動車業界の発展に対するフェルディナント・ピエヒ博士の貢献に敬意を表する」と追悼の声明を発表した。

フェルディナント・ポルシェ_シュトゥットガルト-ツッフェンハウゼン

フォルクスワーゲンAG 監査役会会長:ハンス-ディーター ペッチュ

「フェルディナント・ピエヒ博士は、ひとりのマネージャーとして、独創的なエンジニアとして、さらに先を見据えた起業家として自動車の歴史を紡ぎました。1960年代から、彼は他に類を見ない自動車の形を作り上げ、産業全体を推し進め、そしてなによりフォルクスワーゲンという企業を世界的なモビリティグループへと変貌させたのです」

「我々の会社、そして社員はピエヒ博士から多大なる恩恵を受けています。深い尊敬の念とともに、彼の一生の仕事へ謝意を捧げます。彼の親族の皆様を悼みます。彼と彼の仕事は、これからもずっと我々にとっての誉れであり続けるでしょう」

フェルディナント・ポルシェ_1994年_ゴルフ1500万台記念

フォルクスワーゲンAG 最高経営責任者:ヘルベルト・ディース博士

「フェルディナント・ピエヒ博士は大胆で、起業家的に堅実で、技術的に水際立っていました。若きエンジニアとして、ル・マンの勝利やポルシェ917など伝説のマシンを通じてレースの世界でポルシェブランドを確立。1972年からはクワトロやTDIエンジンなどの新機軸でアウディの技術を次世代のレベルへ押し上げ、CEOとしても同社をプレミアムブランドに生まれ変わらせました」

「フォルクスワーゲン・グループを率いる存在として、彼が推し進めたのは国際化です。ベントレーやランボルギーニ、ブガッティをグループに引き入れ、一貫したプラットフォーム戦略に基づき、ボリュームブランドである我々に国際競争力をもたせました。また、スカニアやMANも統合し、商用車メーカーとしての世界的な足場も構築。技術的には、世界初の1リッターカーから1001hpのブガッティ・ヴェイロンまで、彼と彼の開発チームは繰り返し可能性の限界に挑んできました」

「とりわけフェルディナント・ピエヒ博士は、あらゆる細かな部分に至るまで自動車産業へ『クオリティ(質)』と『パーフェクション(完璧)』を浸透させ、それをフォルクスワーゲンのDNAに深く刻みつけました。彼の一生の仕事へ、感謝と深い敬意を捧げます」

フェルディナント・ピエヒ_2000年_アウトシュタット_オープニング

フェルディナント・ピエヒ博士のアウディAG時代は1972年にスタートする。1988年からはCEOを務め、1993年にフォルクスワーゲンAGのCEOへ就任。2002年にフォルクスワーゲンAG 監査役会会長へ選出され、2015年までその職務を果たした。

ウォルフスブルクの本社やドレスデンの工場をはじめ、フォルクスワーゲンの関連拠点にはフェルディナント・ピエヒ博士への弔意を示す半旗が掲げられる。