時計とクルマを乗りこなす“Watch Driving!”「プロローグ:腕時計を運転するとは? 」

時計とクルマを乗りこなす“Watch Driving!”「プロローグ:腕時計を運転するとは? 」

腕時計とクルマは多くの共通点をもつ

クルマ好きにとって、時計は高い親和性を持つアイテムだ。特に機械式時計ともなれば、ケースやダイヤル(文字盤)の美しさを愛でるだけなく、その長い歴史やムーブメントにおける性能を語るだけで軽く心が躍る。

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時計好きモータージャーナリスト 山田弘樹が語る

かくいう筆者はつい数年前まで全くの門外漢であり、時計には興味すら持っていなかった。いやむしろ“持たないようにしていた”と言う方が正しい。男子たるもの、手に入れるならキカイ式がいい・・・。もちろん、それくらいの知識はあった。

しかし、時を知るだけならスマートフォンで事足りる。不景気極まりないこの時代に、敢えて高価かつ天井知らずな時計の世界へと首を突っ込むことは、自殺行為に他ならないじゃないか! と、正直腰が引けていたのである。

そんな美しくも苦しい泥沼を泳ぐくらいならばタイヤ1本買う方が大切だった。 さらに究極のゴールとして「空冷ポルシェ911」を夢見ていた自分にとって、その甘美な時計の誘惑は、遠回り以外の何ものでもなかった。

クルマ好き時計ジャーナリスト 広田雅将が応える

だがしかし・・・。 筆者の必死なストイシズムを、いとも簡単に覆してしまった男がいる。それがこのコラムで主客となる、広田雅将(ひろた・まさゆき)だ。彼は臆面もなく、ずぶの素人に言ったのである。「もし空冷911に乗るというのなら、デイトナを手に入れて欲しい」と。

氏の経歴は今さら語るべくもない。その十分すぎるキャリアで物を言われたら、鵜呑みにしても不思議は無いだろう。しかし筆者が頭をガツン!とヤラれたのはそうした肩書きにではなく、むしろそのキャリアがもたらした、極めて純粋かつ刺激的な言葉たちだったのである。

デイトナといえば、私にだってわかるロレックスのトップモデル。奇しくもここ数年で空冷ポルシェと同じく空前絶後の市場価値を帯びてしまったが、いわゆる定価でさえ1本130万円もする品を、彼は一介のモータージャーナリストに勧めた。

このとき筆者の心臓は、どくんと脈を打った。そして体温は、にわかに上昇した。彼は続ける。「大切なのはムーブメントだから、別に現行モデルでなくともいい。この自社ムーブメントが次世代へ進化する前に、手に入れて欲しいんです」。

クルマと時計を結びつける類似性と親和性

氏によればデイトナが現行モデル(116500LN)と先代モデル(116520)に搭載する「Cal.4130」は、タイプ993までの空冷ポルシェが持つフラットシックス(M64系)と、イメージが重なるというのである。

いやむしろ、デイトナが次世代キャリバーになったとき、それは911が996以降の「水冷世代」になったときと同じくらい大きく変わるということを意味している、というのだった。シンプルかつ質実剛健なロレックスとポルシェは確かに似ていると思う。しかしそのキャリバーまで似ているなんて(デイトナと911の関係については、折を見てじっくり紹介しよう)。

つまりここで大切だったのは、「クルマ」と「時計」の間にお互いを結びつける強烈な類似性と親和性がある、ということだった。もしアナタが長年大切にしている愛車と、同じキャラクターを持つ時計に出会うことができたとしたら。それはとても、素敵なことだと思わないか?

私はそんな時計たちをみなさんに、紹介してみたいと思ったのだ。

時計にも運転感覚、ドライビングがある

さらに広田氏は、衝撃的なことを筆者に言った。時計にも運転感覚、ドライビングがあるというのである。氏いわく「時計は腕に乗せたときの“重心位置”を味わうもの」なのだという。クロノグラフや様々なコンプリケーション時計が持つ複雑な機構。積み重ねられた歯車やカム機構によって増えた重量がもたらす、重心位置の変化。これをメーカーは搭載技術と軽量化を駆使して低減し、限られたゼンマイの力を最大限に活用する。

そしてブレスレットによって腕に固定された時計は、慣性質量と対峙する。腕を振ったときの軽さや重さ。そのイナーシャ(慣性)の収まりの良さと、悪さ。この特性によって時計には確固たる“乗り味”がもたらされ、これを吟味すること即ち、時計選びの楽しさのひとつなのだというのである。

それはまるで、エンジン搭載位置を考えながらそのクルマが持つ最大限の運動性能を引き出す、スポーツドライビングの楽しさと共通する理論だった。「ちなみに私は、ライトウェイトスポーツカーのように軽やかな時計が好きです」と広田氏は語った。

その機構を理解し、腕にはめては重心を感じ取る。これこそが「時計を乗りこなす」こと。即ち本コラムのメインテーマ「ウォッチ・ドライビング」なのだ。

時計師「ゼンマイワークス」佐藤 努氏が指南

さらに本コーナーでは、もうひとりの大切な指南役が登場する。海外製の高級時計ブランドを数多く国内で展開する「一新時計」にてパテックフィリップをはじめ全ブランドを統括していた時計師であり、現在は時計修理会社「ゼンマイワークス」を率いる佐藤 努(さとう・つとむ)さんである。

知る人ぞ知るマイスターの実力は、嫌でも追って紹介することになるだろう。しかし筆者が何より伝えたいのは、氏が一流の技術を持ちながらも全ての時計に対して、極めてフラットな目を持っていることだ。

かつて国産チューニングファクトリーに在籍し、今でもチューンドベスパで自宅から会社までの数十キロを通勤する佐藤さんは、根っからのキカイ好き。そして見栄とプライドが横行しがちなこの世界にあって「時計はみな同じ」だと、あっさり言ってのける論客なのである。

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時計を蘇らせる“ゾンビマスター”

人気ブログ『ゼンマイワークスの日常』で語られる「機械は好きだが時計は嫌い」とか、「クロノグラフは面倒だからもっと嫌い」という言葉は、きっと愛情の裏返し。だからこそゼンマイワークスには、日本中からアンティーク・クロノグラフが続々と集まってくる。交流が深い広田氏も佐藤さんをして「メーカーや多くの技師から見放された時計を蘇らせる“ゾンビマスター”です」と笑う。

ちなみに筆者が時計にのめり込んだきっかけを作ってくれたのも、実は佐藤さんである。安価な逆輸入のSEIKOダイバーズウォッチ、通称“ブラックボーイ”をMOD(モディファイ)して、世界でたったひとつの時計を作る楽しさ。これについても後々触れていきたいと思うが、それは機械式時計のいろはを学ぶには最適だった。まるでトヨタのAE86やユーノス・ロードスター。現代風に言えばスズキ・スイフトスポーツで走りを学ぶかのような楽しさだったのである。

クルマと時計を巡る深遠なる旅に出よう

クルマのホイールと同じく、時計はベルトひとつ変えるだけで気分が大きく変わる。そんな単純な素晴らしさを佐藤さんは教えてくれた。

価値あるオールド・ロレックスやパテックフィリップを扱うオフィスの片隅には、ボーイを始めとしたダイバーや、チープカシオのMODウォッチが何本も置かれている。時計は果てしない高みへと続く機械であるのと同時に、庶民である僕らへの門戸をも大きく開いてくれているのだ。

だからこそこのふたりと共に、ウォッチ・ドライビングをしたいと考えた。クルマを愛するアナタなら、きっと時計の面白さにも気づくはず。さぁ一緒に、時計とクルマを乗りこなそう。

TEXT/山田弘樹(Kouki YAMADA)

INSTRUCTOR/広田雅将(Masayuki HIROTA/Chronos-Japan 編集長)

COOPERATION/佐藤 努(Tsutomu SATOH/ZENMAIWORKS)

PHOTO/降旗俊明(Toshiaki FURIHATA)