【連載】渡辺慎太郎の独り言 Vol.01「分水嶺」

【連載】渡辺慎太郎の独り言  Vol.01「分水嶺」

クルマ好きとの車間距離。

この業界(自動車メディアのことです)に入ったのは1989年だから、今年でちょうど30年目を迎えることになる。自分はどちらかと言えば計画的に戦略的に効率的に人生の道を切り開いて黙々と進んでいくタイプではなく、行き当たりばったりというか、目の前にある日スルスルっと降りてきたロープをなんとなくたぐり寄せて、手を離したくなるまでとりあえずぶらさがっているような無為無策の人間で、でも雑誌の編集という仕事になんとなく漠然と興味があって、たまたまアルバイトを募集していたのが自動車の月刊誌の編集部で、そこにまんま潜り込んだら、そのまま自動車メディアに30年間も身を置くことになっていた。

雑誌の編集のことなんて何も知らなかったし、自動車専門誌を制作するにはクルマの(最低限以上の)知識が必要不可欠であることも、編集作業に携わるようになってから気が付いた。だから、子供の頃からクルマが大好きで道行くクルマの車名を次々と言えるとか、フェラーリ365GT4BBと512BBの生い立ちと関係性とスペックをソラで言えるとか、アンダーステア/オーバーステア/ニュートラルステアの違いを体感できて明確に簡単に分かりやすく説明できるとか、そういういわゆる“クルマ好き”ではなかったので、やむを得ずそれなりに勉強してきたけれど、“クルマ好き”の皆さんとの車間距離はいつまでたっても縮まらないと自覚していたし、いまでもそう思っている。

メディアにも大きく影響する自動車業界大変革期。

豊田章男社長が「自動車業界は100年に1度と言われる大変革の時代に直面している」と仰った。この「自動車業界」には「自動車メディア」も含まれていると個人的には考えている。自動車メディアがいま巻き込まれているのは「大変革の時代」というよりも「劇的な分水嶺」と言ったほうがしっくりくるかもしれない。分水嶺とは山に降った雨が異なる方向へ流れる境界のことで、物事の方向性が決まる分かれ目のたとえとしても使われる。

クルマに乗って感じたことをよく考えて咀嚼し、裏付けとともにある評価を確立し、それを分かりやすい言葉に置き換えて伝える。こうしたスキーム自体はこのままでもいいと思うけれど、切り口や着眼点、表現の方法や手段、アウトプットソースの選択などは、再考の余地があるかもしれない。目の前にあるクルマの客観的評価だけでなく、そこに使われているひとつひとつパーツやさまざまな先進技術、マーケティング的背景や自動車メーカーの事情や都合や社会的必要性、そして何よりもそのクルマを運転する人が楽しく幸せになれるのか。そんなことを“立体的”に表現する役目を私たちメディアは担っているように感じるし、もしそれがいままでにない方法だとしたら、まったく新しい方向性を模索しながら進んで行かなくてはいけないだろう。

やることは残されている。

“完全自動運転”のクルマが主流になる時代は、おそらくそう簡単にやってこないだろうし、自分はその場にきっと間に合わないだろうけれど、もし完全自動運転の電気自動車なんかが街を蔓延るようになってしまったら、自動車評論はもう手も足も出ない。ステアリングフィールがどうのこうのと語っていたのに、そのステアリングを握ること自体が不要となり、エンジンフィールを感じようにももはやそこにエンジンはないからだ。

それでもそれが道路を走る自動車である限り、人と社会とクルマの関わりをスムーズで温和で平和的にするために、自動車メディアにはやることが残されているに違いない。その準備を、いまからはじめていく必要があるのではないかと思ったりもしている。

自動車評論はクルマが発するコトバを解釈する翻訳みたいなもので、訳者が変われば表現やニュアンスも変わって当然というのが自分の考え方でもある。1台のクルマに対して唯一無二のインプレッションなどは存在するはずもなく、さまざまな評価が並列的に「さあどうぞ」と差し出される状態のほうが健全で、あとは読者の皆さんが取捨選択して読んだり、あるいはそれらすべてをミキサーに入れてスムージーのようにして、いっしょくたに取り込めばいい。

Webでの執筆について。

インターネットでの連載は自分にとってこれが初めてで、Web上での文章は紙の上に躍る文章とは書き方がまったく違うと思っていて、しばらくは手探りの状態での作文となることを何卒ご容赦いただけると幸いです。誰がどこまで読んで止めたとか、ここに上がる文章はシビアに観察されるそうで、それを聞いたときには怖じ気づいて丁寧にお断りしようかとも一瞬考えたものの、自身の30年の節目にあたり、新しいことに挑戦してみるのもいいかもしれないと重い腰を上げました。それなのに、いま読み返してみて「自分でこんなにハードル上げちゃって大丈夫か」と初回からちょっと頭を抱えています。こんな感じで「独り言」をぶつぶつと呟いていきますので、今後もどうぞご贔屓に。

文/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)

【PROFILE】

渡辺慎太郎 Shintaro WATANABE

1966年5月東京生まれ。米国の大学を卒業後、89年から『ル・ボラン』編集部、98年にから『カーグラフィック』編集部。2003年に退職してフリーの編集者兼ライターに。13年に編集長として『カーグラフィック』に復職。18年5月から人生2度目のフリーランス生活をスタート。