【COLUMN】ゴーン・スキャンダルに見る、日産開発体制のジレンマ

【COLUMN】ゴーン・スキャンダルに見る、日産開発体制のジレンマ

カルロス・ゴーン元日産自動車会長

報道続く日産とカルロス・ゴーンの攻防

逮捕から1ヵ月以上が過ぎたのに、いまだにカルロス・ゴーン元会長の事件に関連するニュースを目にしない日はない。日産/検察側とゴーン元会長側の対立は情報戦の様相を呈しているのみならず、日本とフランス両政府を巻き込んだ国際スキャンダルにまで発展している。

このニュース、世界最大級の年間1000万台以上を生産する日産、ルノー、三菱のアライアンスに関する事件だけに世界中の耳目を集めるのは当然だし、私もその展開に関心がないわけではないが、私の本業は自動車ライターであって刑事事件については門外漢といって構わない。そこでここでは、皆さんと同じ“クルマ好き”の視点から今回の事件を俯瞰し、日産とルノーのクルマ作りに対する影響を考察してみたい。

1999年、日産を救ったルノーとのアライアンス

1999年に始まった日産とルノーのアライアンスで注目すべきは、倒産しかけた日産にルノーが資本参加してその窮地を救っただけでなく、ルノーがゴーン元会長を始めとする経営陣を日産に送り込み、パワートレインやプラットフォームの開発や部品購買に関して広範な協力関係を築き上げた点にある。

両社の主力機種であるBセグメントやCセグメントのパワートレイン並びにプラットフォームが幅広く共用とされていることはご存じのとおりで、こういった技術開発については日産とルノーが対等な関係で取り組んでいると、グローバルアライアンスのプラットフォーム・車両要素技術開発を担当する日産の大伴彰裕常務執行役員から話を聞いたことがある。

これ自体は日産とルノーの双方に大きなメリットをもたらすもので、三菱を加えた3社のシナジー効果は2017年度に史上最高の57億ユーロ(約7200億円)に達したという。前述したとおり、日産とルノーはともに主力機種がBセグメント、Cセグメントに多いほか、日産は日本、北米、中国、ルノーはヨーロッパといった具合に得意とする市場が明確に分かれているなど、彼らのアライアンスには他の自動車連合には見られない大きなメリットが存在するが、その成果は数字にも表れているといえるだろう。

好調続く「e-POWER」も、寂しい新車投入

では、日産のクルマ作りがバイタリティに溢れ、新型車を続々投入しているかといえば、そうとも言い切れない。2018年中に日産が日本で発表した主要な新型車は「セレナ e-POWER」、「ノート e-POWER」の4WD仕様、「リーフNISMO」の3モデルしかなく、あとは仕様変更や特別仕様車などがほとんど。相変わらずノートのセールスが好調とはいえ、グローバルに600万台近くを販売する自動車メーカーとしては寂しい状況と言わざるを得ない。

いや、国内で発売された新型車の数が物足りないだけでなく、技術的な完成度やクルマの仕上がりといった面でも物足りなさを感じることが少なくない。

先ほどノートのセールスが好調といったが、これはe-POWERの効果によるところが大きい。もっとも、日産の技術者たちにとって本当に作りたいシリーズ・ハイブリッドが現在のようなe-POWERだったかといえば、必ずしもそうではなかったのではないかと勝手に推察している。

エンジンで発電機を回し、ここで得た電力でモーターを回して駆動力を得るシリーズ・ハイブリッドには宿命的な弱点がある。かりにエンジンの熱効率が40%、発電機の発電効率が90%、モーターの変換効率を90%だとすれば、シリーズ・ハイブリッド全体の熱効率は0.4×0.9×0.9=0.32、すなわち32%となる。つまり、もとのエンジンの熱効率にはどうしても及ばないのだ。

それでも、エネルギー回生を積極的に行うとか、特定の回転数で熱効率が大幅に向上する特別チューニングのエンジンを搭載すればシリーズ・ハイブリッドの燃費を向上できるが、e-POWERはどちらも手つかず。また、エンジンと駆動輪をメカニカルに直結できる機構を設けておくと高速巡航時の燃費をさらに改善できるが、現在のe-POWERにはこれもない。つまり、効率という観点からいえば「妥協の産物」と言われても仕方がない側面があるのだ。

INFINITI QX50
インフィニティQX50

「技術の日産」が発揮されていない開発現場

では、なぜこのようなことになったかといえば、「e-POWERはリーフのパワートレインを流用すること」という社内事情が影響していたからのようだ。言い換えれば、シリーズ・ハイブリッドとしてのメリットを十分生かす工夫が、主にコスト面の理由から実現できなかったのである。

「だからこそe-POWERは低廉な価格で製品化できた」ともいえるし、それが販売増に結びついたのは事実かもしれない。でも、個人的には「日産の技術者が厳しい制約なしに作り上げたシリーズ・ハイブリッド」を是非見てみたかった気もする。そして、もしもそれが商業的な成功を収めることができれば、日産の技術者にとっても大きな歓びとなるだろう。

日産の技術者の力が十分に発揮されていないように思える領域は足回りにも存在する。正直、最近の日産車はボディが頑丈でもサスペンションがスムーズにストロークしている感覚が薄く、乗り心地が快適とは言いがたいモデルが少なくない。ダンパーなどのパーツにもう少しコストをかけ、ていねいにチューニングを行なえば、きっともっといい足回りに仕上がるだろう。

事実、先日たまたまスイスで借りたエクストレイルのレンタカーは日本仕様よりもはるかにハンドリングが優れていたし、世界初の可変圧縮比エンジンを搭載した「インフィニティQX50」(アメリカ仕様)はハンドリングと乗り心地のバランスが絶妙で完成度がとても高いと感じた。つまり、日産には優れた足回りを作る技術力があるのに、なんらかの理由で日本仕様は熟成不足のまま製品化されているようなのだ。

 

スタビリティもアジリティもルノーが上という位置関係

なぜ、このようなことが起きるのか? 理由は不明だが、特に日本仕様の日産車はコスト面で厳しい制約が課せられているのではなかろうか? そういえば、ある日産関係者を取材している際、日産とルノーのポジショニングを示すチャートで「足回りはスタビリティでもアジリティでもルノーが日産を上回ること」との内容を見た記憶がある。

私自身はこれまで「スタビリティのルノー、アジリティの日産」とのイメージを抱いていたが、どうやらここ数年でこれが見直され、「スタビリティでもアジリティでもルノーが上」という位置関係に改められたのだ。これこそ日産が抑圧されている何よりの証拠とはいえないだろうか?

今回の事件ではなにかと悪者に仕立てられているルノーだが、私はルノー車が大好きだ。最新の「メガーヌR.S.」や「アルピーヌA110」に試乗した際には、スポーツモデルの足回りが新時代に入ったことを実感した。あれだけしなやかな足回りでコーナリングも楽しめるクルマはメガーヌR.S.やA110以外になく、この分野ではライバルたちを明確に引き離していると捉えている。

それにしても、アジリティとスタビリティのいずれでも日産を凌ぐというポジションは、やはりやりすぎだろう。

西川廣人 日産自動車代表取締役社長兼CEO

アンバランスな資本関係を是正できるか

では、ゴーン元会長の失脚が現実のものとなったいま、日産とルノーの関係にどのように見直されることが期待されるのか?  2017年の統計を見ると、グローバル販売台数は日産の577万台に対してルノーは376万台、売上高は日産の12兆円弱に対してルノーは約7兆5000億円。利益は日産の約5700億円に対してルノーは4900億円ほどと、いずれの成績でも日産がルノーを上回っている。

そのいっぽうで、資本関係ではルノーが日産株の43.4%を保有するのに対し、日産はルノー株の15%しか保有しておらず、これが日産の発言力を弱める要因となっている。私はこういった現実から、製品開発面でも日産が不当に抑圧され、日産の技術者たちが思うように活躍できない状況が生み出されているのではないか、と捉えている。そしてゴーン元会長はここでも重要な役割を演じていたと考えるのが自然だろう。

1999年に日産の経営陣に加わったゴーン元会長は倒産寸前の状態にあった日産をV字回復に導いた立役者だ。その手法は“コストカッター”の異名に代表されるとおり、無駄な支出を圧縮して利益を生み出すものだった。これは2兆円近い有利子負債を抱えていた当時の日産には有効な対策で、ゴーン元会長でなければこれだけの短期間で危機的状況から脱することはできなかったかもしれない。

ゴーン退陣で望まれる開発部門への資金投入

しかし、コスト削減はいっぽうで製品開発にネガティブに作用する恐れがある。私は、自動車メーカーが健全に発展していくうえでは潤沢な研究開発費が必要不可欠だと考えている。

ところがゴーン元会長を中心とする経営陣は、日産がメーカーとしての成長期に差し掛かっているにもかかわらず必要な研究開発費を投じることなく、相変わらず経営的な引き締めを続けていたのではないか? そして日産の技術者たちは、そうした苦しい状況のなかで懸命に知恵を絞り、「売れる製品」を開発してきたのではないか? 私にはそんなふうに思えてならない。

だとすれば、ゴーン元会長の失脚をきっかけにして経営陣が一新されれば、これまでよりも潤沢な研究開発費が投じられ、より魅力的な製品が誕生するようになるかもしれない。いっぽう、ルノーとのアライアンスは継続するのが得策だろう。ただし、従来のような不公平な関係ではなく、資本面を含めて真の意味で平等な関係を築くことが重要だと信じる。

もちろん経営陣が変わったからといって、ただちに日産から魅力的な製品が登場するとは限らない。コスト管理もしっかり行ないつつ、必要と思われれば思い切った投資も行う。そういったセンスに恵まれた経営陣でなければ、私が期待するような変貌を遂げるのは難しいだろう。技術者たちに思う存分活躍するチャンスを与えながら、「技術の日産」を持続的な成長に導く経営陣がこれを機会に誕生することを、私は願ってやまない。

TEXT & PHOTO/大谷達也(Tatsuya OTANI)